『心-こころ- 橋本健午のページ』「ミニ自分史」

「ミニ自分史」(8）「アルバイト」その1

　高校時代、アルバイトの必要はなく、また許されもせず、内弁慶を決め込んでいたため、1浪ののち上京し、早稲田に入るのだが、生活不安はすぐにやってきた。
　用意された宿（学生下宿で、当の学生は休暇で不在）に落ち着いたものの、上京第１夜の日記に「…ここへ来てから6時間余、…目の前に私の持ってきたハサミがある。そしてそれは凶器ともなりうる」と記したぐらいだ（ノオト1「最初の十日間」1962･3･1）。
　当時の心境は、受験どころではなかった。仕送りはあっても、やはり自分で稼がなければと思った。日記のつづきに、こうある。「大根1本50円、キャベツの葉っぱ1枚10円（下宿の小父さんの話）　ああ、私はどうしようというのだ」。

　上京後、一月以上経っていたが、西も東も分からず、知らない人ばかり……。4月9日、午後の学部入学式まで、少し時間があった。新入生向けに、アサヒ･イブニング･ニュースの勧誘をする先輩を冷やかしているうちに、手伝うことになった。見よう見まねで、「難しい試験を見事に突破したんでしょ。それぐらいの実力があるなら、すぐに読めますよ」と同じ新入生を、おだてて契約させ、先輩から「お前、うまいなあ」といわれ、200円也（1時間）を得た。
　生まれて初めての収入だった。その先輩とも初対面である。どこが"内弁慶"なのか!?　これは都内の大学をめぐる仕事だった。翌年2月にも勧誘1件130円ということで、3日働いて3600円をもらっている。

　補遺（｢1963年版の手帳より｣）：
　このアルバイトで、"3日働いて3600円"を得たことになっているが、現実には次のような動きであった。
　2/13日大12、2/14日大6(内4月分－4)、2/15 (欠)、2/16慶応(日吉)10…14部分＋交通費1,900円
　2/17(日曜)、2/18横浜市立大4、2/19 (欠)…3/2　2,260円、交通費440円　　合計3,600円
　とはいえ、2月13,14,16日分合わせて14部というのはどういう計算だったのか、定かではない。（08･07･01追記）

　しかし、私はもともと要領のいいほうではない。九段の学徒援護会（いま、北の丸公園の日本武道館前・バス駐車場あたり）にアルバイト登録に行ったり、兄の勧めで都庁の人に会ったが、短期はダメと断わられたりしているうちに、 6月中旬から安定収入を得られる？　家庭教師をやることになった。しかし、当時すでに、小中学生より教える学生のほうが多い状態で、私の場合は戦争で英語を学べなかった年配の主婦に中学の教科書を使って教える、という稀有なケースだった。紹介者が"週2回で月3500円"で交渉してくれたものの、週1回2500円となり、わずか3か月ほどで終わってしまったのはなぜだったのか。

　夏休み前後から3週間ほど二幸の派遣店員として（日給520円）、新宿三越の地下でハムや佃煮を売ったりして、東北旅行の資金を稼いだ。二幸は三越系列の食品会社で、日給が三越より20円高く、何となく得したように思ったものである。しかし、あるとき大きな蒸籠状の薄く四角い入れ物に並べられたシュウマイを、要領も分からずに持ちあげたとたん、いくつかこぼしてしまって、それから数年間シュウマイが食べられなかったという苦い経験もした。
　寮のあった田無（いま西東京市）では、「お前に野球が分かるのか」と友人にバカにされながら、少年野球のアンパイヤをやったことがある（午前中300円）。まだ、荒木大輔に代表される調布リトルリーグなどの出現する前である。たしかに私は細かなルールなど知らなく、ファールボールをすねに当てられ、痛い思いをしたことだけ覚えている。

　秋には浅草の国際劇場で舞台裏の装置を手伝い、大量のドライアイスを使い、舞台を雲の上のような場面にしたり（日給600円）、神田の古書会館では古本市の荷役をしたり（日時、報酬不明）と、時には友だちと一緒のアルバイトもやった。
　年末には五反田で、北海道から空輸された新巻（甘塩の鮭）を都内各地区別に区分けしたり、配達の車の助手席に乗って多摩川べりの巨人練習場のそばを走ったり、ある政治家の玄関には「勝手に受領印を押せ」とばかり無造作に判子が置いてあるのを見て、ある"現実"を垣間見たりしながら、10日間働いた（日給550円）。そのあとも銀座ワシントン靴店（新宿、高野フルーツ･パーラー向かいの角地）で、婦人用ブーツを売ったり（本稿の（7）「田無学生寮」その3参照）して、お金のありがたさや、大学の格差というものを、知らされたのだった。

　当時の物価は、いまの10分の1以下であろうか。カレーライスやうどんなどは20円～30円ぐらいだったか。遅くても飛ばす（都バス）などといわれたスクールバス（高田馬場⇔早大正門）は往復で15円だった（半券7.5円で、片道切符はなかった。いま200円）。職種が豊富な今、学生アルバイトは、時給800円～1000円であろうから、 1日8時間も働いて、600円前後というのは、まさに隔世の感、というしかない。

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