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「梶山作品とユダヤ問題」

 梶山作品をたくさん読まれた方でも、朝鮮もの、産業スパイなど社会派のもの、軟文学・ポルノものなどは記憶に残っているが、 ユダヤ民族、ユダヤ商法に興味を持ち、いくつかの作品を書いていることに気付いている人はあまりいないのではないだろうか。

          一 

 発表順に、ざっと挙げてみると、

 『振興外貨〈リテンション〉』(新思潮・昭和31年6月号)
 『地面師』(新潮・昭和33年6月号)
 『赤いダイヤ』(スポーツニッポン・昭和36年8月20日〜37年11月16日)
 「ブラジル"勝ち組"を操った黒い魔手」(週刊文春・昭和41年1月3・10日合併号)
 『お待ちなせえ』(学芸通信社扱い・昭和42年7月18日〜43年7月25日)
 『めりけん無宿』(小説現代・昭和46年11月号)
 『日本人ここにあり』(週刊小説・昭和47年2月11日号〜49年1月4日号)
 『俺は歩いて行く』(小説現代・昭和48年1月号)
 「ユダヤ人について」(サンデー毎日・昭和48年4月8日号)
 『寝業師』(小説現代・昭和48年8月号)
 『せどり男爵数奇譚』(オール読物・昭和49年1月号〜同6月号)
 『血と油と運河』(週刊読売・49年1月5日号〜同12月28日号)

 など初期から晩年まで約二十年間にわたっている。
 ほとんどが中長編の小説だが、「ブラジル…」はレポートであり、「ユダヤ人に…」は、連載エッセイの一テーマである。

 そもそも梶山が、ユダヤに関心を抱いたのは二十歳過ぎ、まだ上京前の広島時代である。 昭和二十五、六年ごろ、当時中国新聞学芸部の記者だった金井利博氏(故人)からフリーメイソンの話を聞き、 興味を持ったのがきっかけのようだ(同様に、当時、金井氏から熱心に聞かされた、同新聞社の大牟田稔氏の話)。

 梶山は前記エッセイの冒頭で、次のように書いている。
 「私は、ひょんなことから、ユダヤ人について興味を持ちはじめ、今日に到っている。 いろいろと文献も集め、外人の話も聞いたりしているが、結論を先にいうと、おそらく百年後には、 地球は彼らによって征服されるであろうことだ」

 その文献(資料)は、四十数件六十点ほどあったが、死後、財団法人大宅壮一文庫に寄贈されている。

          二 

 では初期の作品から、ユダヤ人はどのように描かれているか考察して見よう。
 「――此処四、五日ほど、外貨相場は強含みだった。貿易商社の待ち焦がれた、小豆の輸入許可発表が切迫したからだと、 木塚は睨んでいた。
 強含み気配の裏側には、底知れぬ恐ろしい谷が控えていることも彼は知っている。
 波に乗って素早く稼ぎまくった木塚が、もう今日からは決して冒険を許さない、慎重な、そして頑固な人物に一変していた」
 という書き出しで始まる『振興外貨』の主人公木塚慶太は、小豆相場を扱った長編『赤いダイヤ』にも登場する相場師である。

 はじめライバルだった井戸幸子(『赤いダイヤ』では、井戸美子)も同様に登場する。 「この春の失敗以来、二人の立場は逆転していた。商売仇のレーベンから、完全に一杯喰わされたことが原因なのに、 近頃では井戸幸子には、この失敗すらも木塚の綿密な計画の一つであったような気がしていた」と悔やむ。
 さて、「(商売仇のレーベンは)何億という金と、合理的な経営ぶりとで、瞬く間に振興外貨輸入の世界を牛耳った三十六歳の猶太紳商。 最近の木塚の目標は、レーベン商会と肩を並べることだった」が、やがて金を借りても儲けを取られる一方の彼は、 別のユダヤの老高利貸しラサールから大金を借りて、最後の大博打を打つ。しかし、ラサールの事務所で待っていたのは、 ヤコブ・E・レーベン。木塚は二人のユダヤ人にまんまとだまされたのだった……。

 振興外貨とは、輸出振興外貨割当制度といい、輸出の報奨に一割内外を割当てられ、儲けのある輸入ができるもの。 そして、内外の市況を睨み合わせて、儲けのある輸入ができるのは、A・A制と呼ばれる自動承認制の輸入と、この振興外貨制、 つまりマル特の輸入、と小説の中で説明されている。
 この制度は、敗戦後十年以上も日本の輸出入に幅を利かしていたもので、ユダヤ商人が活躍する格好のチャンスの場でもあったようだ。

 やはり同じ時代の企業乗っ取りと土地担保の融資話を扱った『地面師』では、 日本人の金貸しも所詮はユダヤ人高利貸しをバックに、日本人を食いものにして稼ぐだけという構図が描かれている。
 ここで登場するのは、三十六歳のシリア系のユダヤ人、ヤッスーン3世。
 「ヤッスーン財閥の御曹司……、『ベニスの商人』に出てくる醜悪な守銭奴を想像していたが……、上品で、 折目正しい紳士だった」とし、後に紹介するように、上海の共同租界に本拠を構える、十二人兄弟が紹介されている。

 『赤いダイヤ』は、政界、官界も巻き込んだ赤いダイヤと呼ばれる小豆の相場を舞台に、儲けを企む主人公木塚慶太に、 ウイルスン商会の井戸美子が絡む(彼女はこのウイルスンというユダヤ系のアメリカ人と結婚していたが、捨てられる)。
 一見『振興外貨』の流れを汲む小説のようだが、ユダヤ人ウイルスンは、本編では商人というより、 むしろ"女性に弱い"脇役といっていいだろう。
 この三つの小説の成り立ちと、梶山が現実に巻き込まれた"儲け話"の経緯については、 京城中学時代の友人である大野康氏が「『赤いダイヤ』―虚実の実」で、詳しく報告している (初出『積乱雲とともに―梶山季之追悼文集―』〈季節社、昭和56年〉)。

 ところで、ちょっと大判の手帳、表紙に「NETA−NOTE」と書かれた初期の取材ノートが、梶山夫人の手元に残っている。 主に『週刊文春』用のさまざまなネタについてメモされているが、手帳の後ろから書き出したユダヤ関係というか、 上海サッスーンについての細かな記述が何ページにもわたって記されている。
 梶山がいかに初期からこの上海ユダヤ人に興味を持っていたかが伺えるが、一方で、大野氏の回想記と合わせて読むと、 旺盛な取材と小説作法のカラクリの一端も垣間見ることができるといえよう。

          三

 ルポルタージュ「ブラジル"勝ち組"を操った黒い魔手」の場合のユダヤ人はどうか。
 昭和二十年八月の日本の敗戦という事実をめぐって、遠いブラジルに移住していた日本人の間で、勝った、 いや負けたのだと"勝ち組"と"負け組"に分かれて流血の争いがたびたび起こり、それは戦後十年以上も続いたという。

 この騒ぎをひき起こした"主役"の一人が、「<上海ヤッスーン>と呼ばれている、ユダヤの大富豪」であり、 「俗にヤッスーン財閥とも呼称されているこの富豪は、一ダース以上の兄弟が、アジア、中近東に散らばり、 主に金融・不動産業に従事している」と紹介する。そして、「実は彼は日本の敗戦はまだ先のことだと思い、 日本軍の軍票および日本紙幣を、かなり大量に抱え込んでいた」のだが、敗戦で「タダの反古同然になった」 これらの損害をどう取り戻すか日夜考えた末、日本が勝ったことにすればと奇策を思いつく。

 「ヤコブ・E・ヤッスーンは、紙クズ同然の軍票・紙幣を掻き集め、軍用機のタラップを昇って行った。 顔に、ニンマリと微笑を浮かべながら」ブラジルへ……。
 この"勝ち組" "負け組"の争いには右翼関係者も介在していた経緯を述べたあと、梶山は 「日本では、この<勝ち組>の発生を、忠君愛国・神州不滅といった思想から誕生したもの――という風に解釈している」といい、 「いずれにしろ、ブラジルの<勝ち組><負け組>騒動の内幕には、金銭へのドス黒い欲望が動いていたとは、意外ではないか――」と結んでいる。

 ちなみに、この<勝ち組><負け組>騒動については、梶山美那江編『積乱雲 梶山季之 その軌跡と周辺』所収のブラジル関係の二編 (清谷益次〈ブラジル在住〉『証言としての移民短歌―ブラジル日系人の百二十一首とその周辺―』、 小林正典『「日本勝利」と戦ったブラジル移民一家の記録―「清水雪登日記」が語る戦中・戦後―』)に詳しい。

          四

 『お待ちなせえ』は、主に地方新聞に掲載された小説で、画商の世界を描いたもの。 女房の尻に敷かれた養子の主人公が、奇妙な画壇のからくりを逆手にとり活躍する物語。
 ここでは、先に見たような金融など、商売の世界を支配するだけではない、ユダヤ人のもつ別の面を浮き彫りにしている。

 ひょんなことから画商に転身した主人公五郎丸宗平に、先輩の画商青野篤二郎が「世界の絵の六割から七割は、 ユダヤ人の画商によって独占されている」と説明する。
 「今日の絵の相場をつくっているのは、パリではなく、ニューヨークなのだった。しかもニューヨークの画商の九割が、 ユダヤ系の人々で占められているという。ということは、世界の絵は一握りのユダヤ画商によって、 相場を支配されているということである。(中略)ユダヤ画商のやり方は、有望な若い新人画家を発掘し、 生活の面倒を見てやる……という第一歩から始まる」
 彼らは有望な新人を、二十人から三十人も抱えているのが普通で、あるユダヤ人画商は、 「絵というものは、画家が死んでから、値打ちが出るものなのさ。五十人の画家の中から、一人の"ピカソ"が出てくれれば、 私はもうかる計算だよ」と答えている。

 筆者にも思い当たることがある。というのは、梶山も新人画家(当時、ソ連人だったか)の絵を安く買ってきて、 市谷の自宅の二階大広間に掛けながら、
 「この画家は将来かならず有名になる。そのときは値打ちが出て……。新人を発掘するのが本当の収集家だ」などと、話していたことを。
 もっとも、同じ部屋のレンブラントの百号の自画像(もちろんレプリカ)のほうが自慢だったようだが……。 これは額縁も時代物のようで、来客に「ホンモノですよ」といい、一瞬でも驚いた顔を見るのが、楽しみだったようだ。

 物語の前半(「日本脱出編」)は、金に飽かせた画商の育て方、またこの世界特有の贋作専門家を操るなど、 絵画の世界を牛耳るユダヤ人が紹介されているが、一方で、作者は、"優秀だが、狡賢い"ユダヤ人が嫌われている理由についても言及している。
 「青野は苦笑しながら、『猶太人〈ジューイッシュ〉が嫌われるのは、キリストを裏切ったユダが先祖だからでもありますけど、 国がなく放浪の民だったからですよ。もっとも戦後、金の力でイスラエルという国家をつくりあげましたけれどね』と云った。 『放浪の民だから嫌われたんですか?』『つまり、自分たち民族の国がないから、どこの国にも棲みつく。棲みつくには金がいる。 当然、狡猾にならざるを得ないじゃないですか』」などと続く。

 また、ヒットラーがユダヤ人を虐殺したのは、優秀なユダヤ民族を許せなかったからだし、そのため、 ユダヤ人は連合国に逃げ出し、ユダヤ財閥に協力して、原子爆弾を製造したり……と、アインシュタインや、 デュポン財閥はじめ、音楽家や米のR大統領などもユダヤ人であるとし、青野に、 「ユダヤ人は世界の富と頭脳を握っていると云っても、過言じゃありませんな」と言わせている。

 ところで、後編「さらばパリ編」で作者は、ユダヤ人を取りまく諸外国人の反応について言及している。
 「白人の学生たちは、ユダヤ人と、ニグロを、徹底的に忌み嫌う。ところが、黄色人種である日本人(または東洋人)は、 ユダヤに対する偏見がない」。
 しかし、主人公「五郎丸宗平には、そんな"偏見"があるのは、奇妙な話だが、それは、一つには、戦争中、 ユダヤ人の悪口を書いた書物が巷に反乱し、それを読ませられたからかもしれぬ」と、 「N・Sという陸軍中将」が陸軍省の後援で書いた『恐るべき結社フリーメーソン』『フリーメーソンの謎』などの著作を挙げている。

 内容は「世界制覇をねらっているのは、ユダヤ民族であり、その野望のために、第二次世界大戦は起き、それを画策したのは、 ユダヤ人の結社である"フリーメーソン"である」。
 作者は続けて、「宗平は、(本当だろうか?)と疑いながらも、S中将の著書を、熟読したほうである」。
 そして、次のように推測する。「ドイツのヒットラー総統は、『わが闘争』のなかの一節で、 フリーメーソンの〈シオンの議定書〉についてふれているが、日本の単純な軍人たちも、 おそらくそのナチズムの思想にかぶれたのであろうと考えられる」と。

          五

 しばらく、梶山の作品にユダヤ関係は途絶えるが、昭和四十六年後半から、またいくつかの小説が書かれている。
 『めりけん無宿』は、「小説現代」に発表した『カポネ大いに泣く』『ルーズベルト大いに笑う』に続くメリケンもの三部作だが、 ここに登場するユダヤ人は、ロサンゼルスで若い日本の、留学生と男性ヌードモデルが住む七階建てアパートの女主人である。
 「持ち主は、業つくばりのユダヤの婆ァで、エレベーターもない安アパートの癖に、店子が廊下や階段を汚していないかと毎日、 点検にくる」などという、同じような表現が何度か出てくるが、金にうるさい欲張り婆さんとして描かれているにすぎない。

 一方『日本人ここにあり』は、週刊小説(隔週刊誌)の創刊号から二年間連載されたもので、 梶山は直前にアメリカ取材旅行を行っている。
 日本人の若者が、アメリカ人らを相手に堂々と渡り合うストーリーは、エンターテインメントとして肩が凝らず、 痛快であるといえる。
 ここではホテルの支配人コナリーが、キリスト教徒の妻とユダヤ教徒の秘書との板挟み、 その妻に主人公中山英太がからんでと、ややこしい話だが、「彼女が、ユダヤ教徒であり、ユダヤ人であることに、 コナリーは拘泥っているのであった。」

 続いて、作者はとつぜん、「ユダヤ人問題については、これからもいろいろと書く機会があるだろうが、国を失い、 世界各地を流浪しなければならなかったユダヤ人たちが、迫害の中で生きていくためには、金銭の力と、 自分たちの優秀さを主張する文化の力に頼るしかなかったことを、ここでは強調しておきたい。
 余談はさておき、白人社会では、宗教の戒律が異なり(変な話だが、イエス・キリストもユダヤ人である)少数民族であるユダヤ系は、 何かと差別されるのであった」と書き記す。

 また、別のところでは、
 「(ニューヨークの)西四七番街は、世界屈指のダイヤモンド商店街であった。 (中略)サムソンは、その西四七番街に店を構えてから、三十年になる。ダイヤモンドを扱う商人の大半は、 サムソンの同胞であるユダヤ人たちである。シンジケートが出来ていて、ダイヤを扱う商人たちは、 いくら大量のダイヤモンドの原石が掘り出されていても、直ぐに市場に出さないシステムをとっている。 (中略)常に、ハンガー・マーケットにしておくことが、ダイヤモンドの価格を維持し、 そしてユダヤ商人たちの利益を守ることなのである」(以上、第U編 放浪編)と述べたあと、 流浪の民としてのユダヤ民族が生き抜くために努力し、金儲けだけでなく、文化への貢献などについて、 著名人の名を挙げて繰り返し述べている。

 このほか、白人の人種差別を逆手にとって、多額の慰謝料を巻き上げた優秀なユダヤ人弁護士、 世界を股にかけて活躍する主人公中山英太の事業に協力するユダヤ人などが描かれている。

          六

 『俺は歩いて行く』と『寝業師』は、昭和四十八年に「小説現代」に掲載されたもので、 ともにユダヤ人を"利用"する日本快男児の成功譚といってよいだろう。
 前者は、日本の美容界に君臨する母を持つ青年マイク矢野が、「同じ大学に行くなら、外国の大学へ行ってやろう」とばかり、 一九五〇年代のアメリカに単身わたり、さまざまな苦労を重ねる。 しかし、アルバイトで稼ぎすぎて、移民局から国外退去を命じられる羽目に……。
 永住権を取らなければと保険のセールスマンとなり、大物狙いをするうち、ビバリーヒルズに住む保険嫌いの大金持ちの噂を耳にし、 アタックを開始する。これがユダヤ人のヤコブ・シュタイン老人で、マイクは毎日曜に出かけ庭の草むしりなどをしながら、 ユダヤ人に対する迫害など、問わず語りに聞き、だんだん打ち解け、ついに契約に成功する。

 そして、この老人の紹介で、次々にユダヤ人との契約を結ぶが、やがてカフカというロサンゼルスの政財界に睨みを聞かす弁護士とも契約、 このあたりから運が開け、美容学校、矢野ビューティ・カレッジを開業する。 この"学校で学びながら、待たずに安い料金で髪をセットしお客に喜ばれる"というアイディアを実現させるのに大いに与かったのが、 先の二人のユダヤ人、シュタイン老人とカフカ弁護士である。
 さらに、クレジット社会の長所短所を研究した彼は、ユーザーカードという、そのカードを利用できる加盟店と利用する会員を募集、 これが大いに当って事業は拡大する。いまやカフカ弁護士はこの事業のフランチャイズを一手に引き受けている……。
 あるとき、シュタイン老人はいう。「マイク。お前は、見かけは日本人で、英語は米国人並だ。しかし、ビジネス感覚は、 われわれユダヤ人以上になったな!」と。

 一方『寝業師』は、主に東南アジアからの輸入を業としていた商社マンの話である。
 大阪に本社のある二流のニコニコ商事は、若手社員に「今後、我が社の進むべき方向」というレポートを提出させた。 そこで「仕事もせずに、そのようなレポートを書かせるような重役は、月給ドロボー」などという喧嘩腰のレポートを出したのは、 "仕事の虫""変わり者"の村中陽吉。彼を面接した社長は、これからは海外に支店を作らなければ駄目だというその発言に触発され、 陽吉を何の伝手もないニューヨークに派遣するのだった。

 言葉も不自由、地理も分からず、同業の大手商社マンから相手にもされない彼は、セントラル・パークのベンチで所在なく、 ペーパーバックスを読んでいた時、ある婦人に声を掛けられる。 そして、その五階建ての邸宅に招待されて、なぜだろうと訝っていたのだが、婦人は小説家の未亡人で、 先の作品は夫の書いたものだった。子供がおらず、甥や姪たちと一緒に住む彼女に「夕食だけは、全員が揃ってする」 と招待されたのだった。

 この一家がユダヤ人で、婦人の夫はイギリス系ユダヤ人、甥はヤコブ・S・ルーベンというのが本名だった。
 そして、英語の勉強にと紹介された若い女性サラーも、あるパーティで、
 「わたし達は、ユダヤ人なんです。あなたは人種的偏見をお持ちですか?」と聞く。 「偏見はない」と答えると、サラーは嬉しそうに、「よかったわ……」と彼の頬にキッスして呉れて、 「ありがとう、村中……」という。
 やがて、村中は彼女に求婚するが、彼女は首を振り、「ユダヤ人は、ユダヤ人同士でないと、結婚できない規則なの」と云う。 陽吉は、外科医のところへ行って、「割礼してくれ。ユダヤ式に……」と注文した。包茎でもないのに、である。
 そういう彼に感動したサラーは、銀行の副頭取である父親に引き合せて、結婚の了解をとる。 先の未亡人も部屋を提供してくれ、そこで、ニコニコ商事のニューヨーク支店の開設となった。

 彼はユダヤ人の風習などを教えられるが、「娘と結婚するために割礼し、ユダヤ系の家庭で生活して平然としている村中陽吉は、 義父のアブラハム・ジョンソン氏から大いに見込まれて、日本の一流商社の知らないような情報を、 キャッチ出来るようになるのである。
 世界の経済を支配しているのは、ユダヤ系の人々であった。彼らは、民族的な結束は固く、 全世界に独自の情報網をはりめぐらしている」。
 その恩恵を被る彼は次々に取引を成功させ、その才覚により"寝業師"という渾名を奉られる。

 やがて、南イエメンの海底油田の開発話が飛び込んでくる。欧米資本による石油カルテルに一矢を報いたいと、 "彼は日本の国益のために、採掘権を獲得し、自力で石油資源を持たねば……"と意気込むが、大手商社の汚い手に、 一時は窮地に追い込まれる。かつてニューヨークで恩を売った彼の国の政府高官を通じて、採掘権は放棄しても、 "販売の半分を向こう十年間独占する"という契約を交わすことに成功する。

 また、ブラジルで水力発電開発の話を聞き込むと、すぐさま飛んでいき、不利な状況でも渾名通りの寝業師ぶりを発揮する。 その結果「ユダヤ人と交際範囲がひろく、妻のサラーもユダヤ系であるところから、彼の渾名は、"スーパー・ジュー"ということになった。 ユダヤ人の上を行く男という意味だろう」。
 さらに、シンガポールの石油コンビナートの話にも首をつっこむなど、彼の活躍は華々しいが、最後は帰国中に、 車に轢かれて、あっけなく三十六年の生涯を閉じてしまう……。

 この二作は、いずれもユダヤ人の結束の固さと、見込まれたら仲間として信用された若い日本人のサクセスストーリーだが、 前者については「実在の人物をモデルにしているが、大部分は作者の創作です」とあり、 後者についても「この物語は、架空の物語です。人名、国名とも、一切関係ありません」と筆者の断り書きが付せられている。

          七

 『せどり男爵数奇譚』は、古書の世界というか、"せどり男爵"と呼ばれる笠井菊哉というビブリオマニア (書物狂)の一代記を中心に、古今東西の古書にまつわる話を、一話完結の形で六か月「オール讀物」に連載されたものである。
 作者が狂言回しのように登場しており、毎回タイトルに麻雀用語がつき、ユダヤ人が出てくる第四話は「桜満開十三不塔」となっている。

 そのユダヤ人はヤッスーン夫人といい、「有名な十二人兄弟の財閥です。夫人は、上海ヤッスーンと云われるヤコブ・E・ヤッスーンの妻です」と紹介されている。
 話は昭和二十五年、朝鮮戦争が始まり、まだGHQが日本を支配していたころのこと。 彼女が故ルーズベルト大統領の旧蔵書三冊を、一万二千ドルで落札したこと思い出した笠井は、 田園調布のヤッスーン邸に夫人を訪ね「英、読、仏の初版本を、三千冊ほど、持っている」と持ちかける。 興味を示した彼女を信州の実家に案内し初版本を見せ、全部で五十万ドルと吹っかける……。

 ところが、ふと、カーテンで遮蔽された笠井の(売るつもりのない)蔵書を見た彼女は目を輝かす。 手に取った一冊は、シェークスピアの初版本"フォリオ"で、ヤッスーン一族が大金を投じて収集に狂奔している代物だった。 五千ドルで譲ってくれというのを断わり、笠井は近くの旅館に移って先の初版本の交渉を始める。
 しかし、夫人は上の空、"フォリオ"を諦めきれない風情である。笠井の"ここが商売、腕の見せ所"と、引く気はない。 とうとう彼女はある夜、その本をもう一度見ようと笠井邸を訪ねるが、主は不在で目的を果たせない。 そこで、土塀にしがみついて、忍び込もうとするが、濠の中にドブン! あいにくガラスの破片で、大怪我をして、 入院する羽目になる。通訳を連れてのことだったが、さて、ここから場面は展開する。

 やがて、ヤッスーン家の顧問弁護士が現れ、夫人の依頼により、笠井を告訴するといい、 夫人に有利なさまざまな理由を並べ立てて、「病院における治療費の全額負担、並びに肉体的、かつ精神的な損害賠償金として、 五十万ドル」を請求するのだった。
 その間、夫人との間で"フォリオ"を売るなら、告訴を取り下げるなどと、たびたびの交渉の末、 笠井は二十万ドルで"フォリオ"と大部な初版本を夫人に売りつけ、元手三十万が七千二百万円に化けたと喜んだ。
 しかし、ヤッスーン一族はさらに数枚も上手で、集めた"フォリオ"七十三冊をそっくりシェークスピアの収集家である銀行家に売却したという、 二百万ドルで……。

 ユダヤ人が登場する最後の作品『地と油と運河』は、昭和四十八年十月下旬、エクソンなど英米資本のメジャーが、 とつぜん原油価格の三〇%引き上げ、続いて石油供給を一〇%削減するという通告を行ったため、 トイレットペーパーの買いだめなど、日本の庶民生活を直撃した、いわゆる石油危機(第1次オイルショック)を受けての "緊急小説"である。
 「GMに次ぐ世界第二の実力者であるエクソンは、ユダヤ系のロックフェラーの一族だ。……エクソン、モービル、テキサコ、 ガルフ、ソカルなど大手五社は、アメリカに本拠をおいているし、シェル、ビーピーの二社はイギリスに本社をおいている。 そして、この大手七社が世界の石油を支配しているのだった。  なんでもエクソンは、去年の七月から九月にかけての三か月間で、六億四千万ドルの利益をあげたと云う。 ……つまりユダヤ系のメジャーは、石油不足という大芝居を打って、世界を恐慌に陥れ、荒稼ぎしたのだった」と、 作者は(前半部分)で分析している。
 しかし、小説の後半では次のように書かれている。
 三星商事の社長である主人公広崎皎介は(誰かの陰謀でガンに冒されていることになっているが)、 後妻が急死して帰国の際に、
 「国益のために、身命を賭しているのである。ガンになろうが、脳卒中で死のうが、そんなことは問題ではない。 日本にとっては、微々たる問題なのだ。人口一億一千万人と云うから、人口一億一千万人の一の些細な死であった。 でも、石油危機、そして次に襲ってくる食糧危機は商売を離れても、何とか手を打っておかなければならぬ」と考える人物だった。

 これは、梶山の考えそのものであるが、とくに食糧問題については自ら畑仕事をするほど危機感を持っていた。 そして持論は"ゴルフ場を作るぐらいなら、畑を作れ"だった。
 この小説の中でのユダヤ人は石油資本のほか、あらゆる分野で活躍する記述があるのは、これまで見てきたのと同様である。

          八

 エッセイ「ユダヤ人について」で、梶山は自説の根拠として、ユダヤ民族が地球上に三千万人しかいないが、 中国と手を握ったアメリカの立役者キッシンジャー国務長官、相対性理論を発見したアインシュタイン博士、 そして世界の金融界を牛耳るロスチャイルド財閥などのほか、新聞界、音楽、スポーツなど、 あらゆる分野で活躍するユダヤ人を挙げ、今日のアメリカを支配しているのは彼らジューイッシュだというのである。 そして、二千年にわたる迫害の歴史を持つ彼らが、日本を含め世界を支配する……。

 日本民族は、ユダヤ、ゲルマン民族に次いで三番目に優秀な民族だが、最後に、
 「もう少し、ユダヤ民族の研究をして、彼らと手を握ることを考えなければ、いずれの日にか、 日本は世界の孤児になるだろう。
 こんなことを書くと、みんな笑うだろうが、そんな人は、一度、『シオンの議定書』(架空の書と云われているが) を読んでみるがいい。そうしたら、ユダヤ民族の偉大さが、理解できるのである」と、結んでいる。

 ところで、『シオンの議定書』(梶山蔵書の、書名は『世界革命之裏面(シオンの議定書)』包荒子訳・二酉社内二酉名著刊行会、昭和十一年一月刊)について、 梶山自身、(架空の書と云われているが)と断り書きを入れているが、なかなかの問題の書だという、最近の詳しい報告がある。
 一九九六年八月に出た文春文庫『世界ウソ読本』(M・ハーシュ・ゴールドバーグ著。本書は歴史上の定説のほとんどがウソだったと、 根拠を挙げて立証している)によれば、「二〇世紀最大のでっち上げで、及ぼした影響も最大のものは、一九〇三年に刊行されたある書物である。 この本は、現在も出版され、読まれ、信じられている」という。

 そして、「反ユダヤ主義を標榜するこの本『シオンの賢者の議定書』は、ユダヤ人にとって、 ヒトラーの『マイン・カンプ(わが闘争)』より大きな被害をもたらしたかもしれない」として、 どのようにしてでっち上げられたかの経緯、それが世界中で翻訳され、これを利用した人たち、 ユダヤ人の究極目的を信じた自動車王ヘンリー・フォードのプロパガンダや、 ユダヤ人排斥にこの書を利用したヒトラーなどのエピソードで立証している。
 ヒトラーは本書によって「政治的計略、陰謀、革命的転覆、裏切り、欺瞞、組織作りの手法を利用したと語っている」 (同書、岩瀬孝雄訳)ぐらい、ヒトラーの行動はこの書で論じられている着想に酷似しているとの研究もあるという。

          九

 最後に、梶山家にこんな手紙が残っていることを、紹介しておこう。
 『前略 毎度サンデー毎日の「頭に来たぜ俺だって」と云ふのを拝見させて頂いています
 四月八日の「ユダヤ人について」を拝見致しつくづく考えさせられました
 実は戦前 四王天延孝(元陸軍中将 航空方面にも御関係あったと思ひます)  この方がお若い時から「ユダヤ」の事に付いて 詳しくご研究遊ばして(戦前著書か陸軍誌か、御ありだったと思ひます) いらっしゃいます事を亡夫からよく聞かされていましたので、此度の「ユダヤ人について」を拝見致して色々と昔の話を思ひ出して考えさせられ居ります  本当に末恐ろしい事と思ひます(後略)
 梶山季之様
(昭和四十八年)四月十三日       ○○○○ 』

 差出人は、当時寝屋川市内の老人ホームで"病気で寝て"いた婦人からである。
 なお、梶山蔵書には、四王天延孝著として、『亡国メーデーとフリーメーソンの正体』 (大日本愛国義團編 愛国義團本部 昭和十二年四月二十三日発行)が記録されている。

 梶山の、「架空の書でも読んでみたら」という意図が奈辺にあるのか、またユダヤ研究についても、 もはや確認すべき手立てはないが、おそらくエッセイで述べたように、敵に回せば、これぐらい怖い民族はないという認識は、 裏返せば日本と日本人を愛する故の、止むに止まれぬ気持ちの表われではなかったか。
 その思いをメッセージとして、さまざまな小説を通して伝えたかったのでは、と私たちは推量するしかないだろう。

【参考資料】
『振興外貨』(『梶山季之傑作集成』第14巻 桃源社1974)
『地面師』(同上)
『赤いダイヤ』(集英社〈上・下〉1962・63/集英社〈新書上・下〉1964/東都書房・現代文学13・1966/ 「梶山季之自選作品集」第1巻 集英社1972/角川文庫〈上・下〉1975/集英社文庫〈上・下〉1994)
「ブラジル"勝ち組"を操った黒い魔手」(『梶山季之 旅とその世界』山と渓谷社1977所収)
『お待ちなせえ』(光文社〈上・下〉1969/「梶山季之自選作品集」第15巻 集英社1972所収/角川文庫〈上・下〉1982)
『めりけん無宿』(講談社  /『梶山季之傑作集成』第17巻 桃源社1973所収)
『日本人ここにあり』(実業之日本社〈上・下〉1974/角川文庫〈上中下〉1981)
『俺は歩いて行く』(講談社  /角川文庫『ニッポン一匹狼』1985所収/集英社文庫『人生だあッ』1992所収)
「ユダヤ人について」(『頭に来たぜ俺だって』桃源社1974所収)
『寝業師』(講談社1975/講談社〈新書〉1976)
『せどり男爵数奇譚』(桃源社1974/集英社文庫1976/河出文庫1983/夏目書房1995)
『血と油と運河』(集英社1975/集英社〈新書〉1976/集英社文庫1978)

(梶山美那江編『積乱雲 梶山季之 その軌跡と周辺』季節社1998・所収)


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