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「布川先生と出版倫理活動」について

1999・04


布川先生 1979年1月22日(77歳)

 標題のテーマで、布川先生を中心とした昭和30年代からの出版倫理活動について、その状況を書き残そうと思ったのは、 日本雑誌協会(雑協)に在職中のことである。

 1982年10月から95年12月に退職するまで13年余、倫理関係の委員会に関わり、 また先生の率いる出版4団体で構成する出版倫理協議会(出倫協)の事務局を、 日本書籍出版協会より移管された86年10月より担当してきた。

 先生に初めてお目にかかったのは雑協に入った翌月、日本出版クラブで開かれた出倫協に初めて出席したときで、 日記には「青少年に悪い影響を与えるとする側との意見の相違は永遠に交わらない……」などと記している(82・11・12)。

 そんなご縁で昨年、当学会が企画された『布川角左衛門事典』(98年1月刊)に、 「青少年育成国民会議」と「東京都青少年健全育成審議会」の2項を執筆させていただいた。

 雑協時代に、編集から販売・広告などの委員会に顔を出し、それぞれ抱えている問題や関係官庁との折衝ごとを見聞きし、 それぞれの問題が大なり小なり"倫理"と結びつけられ、大事な局面で、何かとマイナスに働くことに気がついた。

 "悪書追放"から始まった住民運動は、各自治体での青少年条例の制定となって現われ、東京都は64年10月1日から施行した。 また"白いポスト"の設置など"不良図書追放運動"はやがて、政治家や国を動かし、66年5月総理府(当時)の肝いりで、 青少年育成国民会議が発足した。それらと先生との関わりは、前記2項で触れているので省略する。

 本や雑誌は、戦後何次もピークを迎えた"青少年の非行"を誘発するとして、槍玉に上げられてきた。 もっとも、映画とその広告、テレビ、スポーツ新聞、ビデオ、テレビゲームやインターネットなど、 時代とともに"青少年に悪影響を及ぼす"メディアは変化しているが、出版物、とりわけ雑誌はいつの時代でも健在なのである。

 紙に印刷という"古典的メディア"出版物は安価で、だれの目にもとまり、パラパラとページをめくるだけで、 "これは青少年に有害だ"とメクジラを立てやすいからである。 すなわち、青少年問題と出版物が結びつくと、"大人のおもちゃ"となる……。

 都内のたいがいの警察署内には「母の会」の事務局がある。メンバーのほとんどがおばあちゃんとのことだが、 その組織を使えば警察は動きやすく、それを無神経に書き立てる新聞等による世論操作はたやすく、 また政治家も地元に橋を架けるよりは、"有害図書""ポルノ雑誌"追放のお先棒を担ぐほうが、これまた有効な票集めになる。

 "布川周期説"という言葉がある。数年おきに"青少年非行"と"有害図書"を結びつけた動きが表面化することをいう。 おばあちゃんたちが退屈し始めたか、自民党が選挙を有利に戦おう、国民の目をそらそうという魂胆でなければよいのだが、 そうであるとも、そうでないとも、先生はおっしゃらなかったが。

 なぜ、このようなことが繰り返されるかといえば、一つに当の"青少年が不在"という状況が長く続いたという背景がある。 最近、わが国でも「子どもの権利条約」が批准され、徐々に子どもたちに発言の機会を与える動きが出ているようだが、 まだ光明は見えない。

 ところで、"有害図書"(都では不健全図書)という表現に、出版界でも反発する人がいないのは、なぜであろう。 おそらく多くの人は、わが社には関係ない、一部のアウトサイダーがやっている、困ったことだ、 ぐらいの認識しか持たないからではないか。

 これでは、長年にわたって尽力された布川先生は浮かばれない。
 出版・言論の自由は、出版倫理と深く結びつき、かつ青少年と合わせて"人質"になりやすいことを重ねて強調しておきたい。

(日本出版学会会報97号「会員便り」所収1999・5・10発行・著述業)


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