”書くこと”−宿題が すんだら…

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1971/4/29 橋本健午

 高輪のあるホテルの十一階からは、春霞む陽の光を浴びて、ゴルフ練習場や、国電の線路、新しい高層ビル、 そして、真下にはホテルの緑少ない池のある庭が見える。
 朝の五時。荻窪のアパートなら聞こえてくる、牛乳配達の音や、車を動かす音も、ここでは無縁である。
 賢二は、珍しく早く目覚めたが、カーテンを開けるのもはばかられて、じっとしながら、隣のベッドで、安らかに眠っている富美子のことを思った。
 昨日、彼女は突然、何か月ぶりかで電話をかけてきたのだ。
 おぼろげに見えるその姿は、四年前のあの朝のように、スヤスヤと、無防備に眠っているようだ。 揺り起こせば、あの時と同じく、「うるさいわねえ、もう少し寝かせてよ」と、口走りそうに思われて、賢二はひとり苦笑した。
 かなりゆったりとしたその部屋は、ツインベッドに三点セットが置いてあり、全体にベージュ色で落ち着いた雰囲気をかもし出している。 バスルームは大きく、「こんなところにも電話があるのね」と、富美子は驚いていたものだ。
 こんなところを、あの、賢二のことを目の敵のように思っている彼女の母親が知れば、どんな顔をするだろう。 そして、彼に、何というだろうか。富美子はそれを承知しているのだろうか。いまさら、どうにもならないことだが、なぜここにいるのか、不思議な気分だった。 昨夜は、富美子が望む夜桜見物の果てに、ここまで来てしまったのだった。

 短大の一年生だった彼女が、学年末試験の英語を教えてくれと、彼のアパートにやってきたことがある。
 その頃、賢二は学生の多い間借りアパートの二階にいた。四畳半の部屋は、数十冊の単行本と、トランジスタラジオ、 それに安物のウイスキーびんが二三本、埃をかぶって転がっているという殺風景なものだった。
 まさかと思いつつも、試験当日ならばというと、彼女は今朝と同じ、五時にやってきたのだった。
 まもなく三月に入るが、まだ朝は寒さも厳しい。布団にくるまっていた賢二は、寝起きの良くない顔をして、こんな生娘を、 どう歓迎したらよいのかも分からず、テキストを横取りして、また布団にもぐった。
 富美子は寒い、寒いと言いながら、電気ごたつに、そそくさと入って来る。 初めて来たにしては、あまりに自然な振る舞いに、彼のほうが驚いてしまったぐらいである。
 賢二には、試験の当日になって、平然としている彼女の気持ちが分からなかった。 経験上、大学の試験など、さして難しいものではないと思うが、それにしても、彼女の行動はいささか常識はずれではないか。
 こんなに早くやってきたのは、英語を訳してもらうのが目的なのか、男の生活ぶりを垣間見るのが目的なのか、 彼は少し皮肉を言いながら、富美子の反応を待った。
 すると彼女は、「試験に落っこったら、あなたの責任よ。忘れないでね」
と、他人事のように言ったものだ。
 そうなっては面倒だと、気の小さな賢二は、仕方なしに、少しずつ読んで聞かせていた。何分かたつと返事がない。 見ると、彼女は座椅子にもたれて、気持ち良さそうに眠っているではないか。
 さすがの賢二も呆れたが、風邪を引かせてはいけないと、毛布や丹前を掛けてやりながら、ヤレヤレとテキストを放り出してしまった。 彼とて、それ以上は責任がもてなかった。
 出勤の時間が近づいたので、起こそうとすると、先の「うるさいわねえ」と来たものだ。
 試験は何とか無事にすんだらしいが、後になって、彼女は「どうして起こしてくれなかったの」と彼をなじり、 「折角のチャンスを、ふいにしたのね」とも言った。
 健康な男である彼にも人並みの欲望はあったが、無防備の、それも気持ちよく寝ている少女に、手を出すことははばかられた。
 勉強を教えてもらうことが、口実以外の何でもない彼女を、折角のチャンスだから……というのは、あまりにも虫がよすぎるではないか。

 当時、彼女は、娘盛りにさしかかりつつあったが、まだ子供に近く、あどけなさや、その年齢特有の奔放さ、無邪気さを保っていた。 彼にとっては“お嬢さん”という言葉の、ぴったりとする、まだ色気も、いやらしさも感じない女の子でしかなかった。
 小料理屋の一人娘で、大事に育てられ、贅沢で、比較的晩生の、世間知らずな女の子。 何年やっていても、素人っぽさの抜けない母親に似て、ややケンのある、美人とまではいかないまでも、感じのいい“お嬢さん”であった。
 もっとも、賢二には、我が儘で、意地っ張りで、それがまた何とも可愛いところで、やんちゃな“妹”といってよかった。

 富美子の自宅でもある小料理屋Nは、高田馬場にある。ある早稲田出身の作家が、小説の中で、その店のたたずまいを描写したこともあって、いつも賑わっていた。 といっても、お客は、大言壮語でけちな大学教授、いつも懐の寂しい学生、それに近所の旦那衆といったところで、ほとんど女っけはなかった。
 小綺麗なのと、新鮮な魚介類、安い勘定と気っ風のいいママさんとが、三本柱。 こも被りの酒や、愛想の悪い親父さんだが、いつも工夫した突き出しを出して、鄙にはまれな気分を味わわせてくれていた。
 賢二は、学生時代から、友人とよく出入りしていた。馴染みではあったが、当時富美子を見たことはなかった。
 大学を出て、賢二は二流の出版社に勤めていた。小説家志望の彼は、文学部を出て、出版社に入れば、成功への道が開ける、 と考えたわけでもないが、こと志と違って、担当は営業、書店参りの毎日であった。
 文学修業を積む代わりに、酒を飲むことばかり。しかし、同僚と仕事の辛さ、愚痴を酒に紛らわす、会社近くの飲み屋通いにも飽きて、 久し振りに覗いたNで、手伝いをしている富美子に出会ったのだった。
 短大に入ったばかりの彼女の、小生意気さが人気を呼び、多少つけ上がっていたものの、若い賢二たちには愛想がよかった。
 しかし、娘の意に反して、ママさんは、作家志望にろくなものはいやしない、と彼にはいつも歯に衣着せぬ物言いであった。
 彼女は五つ年下だった。短大を卒業してからは、ある商事会社に勤めていた。

 いつものように、富美子の快活な声が、受話器を通して、賢二の耳に飛び込んできた。 それを聞くと、この子に、不快なことってあるのだろうかと思うくらい、どんな時でも、彼の心を和ませてくれるのだった。
 ぜひお会いしたいと言う。夕方の電話など、滅多にないことだった。突然の申し入れに、とっさに言葉が出ず、どうしたんだいと聞いても、 いつものところで、七時にお待ちしています、必ず来てくださいね、というだけである。
 彼女の言葉は常に丁寧である。「来てね」とは、決して言わない。気取っているわけでもないだろうが、そんなところも、 彼が好感を持つ要素のひとつである。とはいえ、彼女に対する気持ちは、それ以上でも、それ以下でもなかった。
 二十八にもなれば、結婚しようと思う女性の一人や二人はいなかったわけではない。 かなり深い付き合いをして、結局はどちらからともなく別れてしまったこともある。 縁がなかったというべきか、まだその機が熟していなかったのかもしれない。 そんな彼にも、富美子は他の女性とは別の存在、“妹”のようなもので、恋愛の対象ではなかった……。
 しかし、来ても来なくてもよいから、待っていますといわれれば、仕事の都合も無理をして、何とか駆けつけざるをえなかった。

 新宿の雑踏は、あいかわらずで、ずいぶん会っていない彼女のことを思い浮かべて、賢二は、まずこの雰囲気に慣れておかなければと思った。
 照れ屋の彼は、しばらく接していないと、人にも物にも気後れがし、そして、一からやり直しをしなければならず、慣れるまでというか、 前のことを思い出すまでに、少し時間がかかってしまうのだ。
 例えば、土曜日に無事仕事を終えて帰っていながら、月曜日に出勤するとき、何か億劫というか、不安が先に立つのである。 土曜日のままだろうか、何か変わったことが起こったりはしていないか、と。
 富美子に会うときは、いつもそうであった。彼女は、賢二の顔を見るなり、「聞いて、聞いて」と、まるで学校から帰った子供が、 その日の出来ごとを一時も早く母親に報告するように、捲し立てるのだった。
 それに圧倒されて、彼はいつも聞き役であり、よきアドバイザーであり、よき“兄”であった。そこには恋もなく、肉欲も存在しなかった。
 一度も彼女を喫茶店に連れて行ったことはなかった。酒場か、レストランか、飲み屋か、いずれにしてもアルコールのあるところであった。 彼には、一杯百五十円もする珈琲は、非常に贅沢で無駄に見え、二百円のビールのほうが、いかにも慎ましく見えた。
 もっとも、素面では、何も話が弾まないのも事実であったが。一方、富美子はほとんど飲めず、ジンフィズや、軽いカクテルを口にするだけであった。

 車の運転を習っているという、エレクトーンがだいぶ旨くなったという、そして、最近お見合いをしたという。 レストランに入り、ものの五分もしないうちに、それだけのことを話している。いつもの富美子だと、賢二は思い、安心もした。
 しかし、見合いをしたという話は、これまでにも聞いたことはあるが、今日はニュアンスが違っていた。
 三十五歳、もう直ぐ助教授になるという相手は、どんな男だろうとは思うが、何ごとも深く追及しないのが、賢二のやり方であり、思いやりのなさでもあった。
 まさか、見合いをしましたというだけの報告を、わざわざ人を呼び出してまですることはあるまい。 いつもの調子で、ご意見拝聴というのではないだろうか。であれば、どんなアドバイスをすればよいのか。 彼は、物事をいつもそのように客観的に、他人事のように考える癖があった。

 駅前広場の、ビルの九階にあるそのレストランは、牛肉専門の、大阪を本店とする名の通った店である。 サーロインステーキに、店自慢の特製梅酒を傾けながら、しばらく二人は食事を楽しんでいた。
 賢二が、黒パンなど、とくにビールの当てになるといえば、富美子が「そうなの?」とおどろく。 真似てみて、「美味しいのね」と、素直にいう。時には「よく知っているのね」と感心したようにもいう。
 二人が会えば、いつもこんな調子である。しかし、今夜の富美子は、梅酒を無理に飲んでいる感じである。口当たりはいいが、弱い酒ではない。
「見合いをしたのは一度だけよ」
「それで、どうなの」
「別にどうってことないわ。私、お嫁に行くかもしれないわよ」
 富美子は、ずばっとものを言うときがある。
「未来の助教授夫人かい? 未来の作家夫人はどうしたのかな?」
と、茶化してみると、しばらく黙っていた彼女は、
「あなたには、誠意がないわ。私の気持ちが分かっちゃいないのよ!」
「分かっているさ。だからこうして出てきたんじゃないか」
「そんなことじゃないのよ。私、お嫁に行くかもしれないわよって言ってるのよ」
「それは、おめでとう、幸せを祈るよと言いたいところだが、相手のことが分からないからね。それとも…」
「いいえ、違うわ。もう遅いのよ、あなたは。手遅れよ!」
「どうして?」
「だって、今日お会いするまでは、はっきりしなかったけど、今はもうお終いだということが分かったの」
「宿題をやらなかったからかい?」
「それもあるわね。あなたは卑怯よ、逃げてばかりいるんですもの。怖いんでしょ」
「怖くはないさ。ただ君を待っていただけさ。脱皮した富美子を、ひたすら…」
「いまさら、そんなこと言ったって、遅いわ」
「じゃあ、宿題をしよう。出題者が手伝ってはカンニングも甚だしいけれど」

 彼は、富美子のイメージ通りの“紳士”であった。手荒な真似をするわけでもなく、嫌だということには無理強いしなかった。
 賢二は、優しく抱いた。富美子のふくよかな、きれいな肌が、腕の中にあった。 正直にキスも初めてだという、ぎこちない彼女を、やはり“宿題”ができなかったのかと知り、いじらしく、愛しく思い、改めて抱き締めたのだった。

「お前は、幸せものだよ、全く」
「どうして?」
「彼女があれだけお前のことを思っているのが、分からないのか?」
 学生時代からの親友、庄司はある時、夜を徹するつもりで、富美子を口説いたが、一向にらちが開かなかったと漏らしたのは、一か月前だったか。
「俺が、何とお前のことをけなしても、駄目な男だと言っても、彼女はそれでもいいのと言うんだな、俺は参ったよ」
「…………」
「富美子ちゃんは、こんなことも言ってたぞ。『私はどっちでもいいの。愛情があって私をどこまでも強く引っぱってってくれる人か、 そうでなければ、お金や地位があって、私に贅沢をさせてくれる人がいいわ』って」
「そんなことがあったのか」
「あったさ。彼女は嘆いていたよ。これだけ、賢二さんのことを思っているのに、少しも構ってくれないって」
「そんなことはないよ。俺は、よく彼女の行きたいところ、やりたいことをさせてきたんだがなあ」
「お前ってやつは、馬鹿だなあ。そんな表面的なことで、女の子が満足するって思っているのかい」
「じゃあ、どうすればいいんだ? そろそろ、ホテルにでも行こうかとでも言うのか」
「それは、自然の成り行きなら仕方ないだろう。しかし、自分のことを愛してもいない相手に、のこのこついていく女もいないだろうに」

   『賢二さま 
 昨夜はどうもありがとうございました。どこまでも、優しい貴方のことは、一生忘れません。
 私はこれでやっと決心がつきました。もう貴方とはお会いできません。お会いして、決意がぐらつくのが怖いですから。
     私は多分、結婚します。今年の秋か、冬には。
私のことを祝福してくださいとお願いしても、貴方は、いつもの困ったような顔をなさるでしょう。
 女の幸せは、結婚にだけあるのではないと、貴方はおっしゃいましたが、私は今でもそうと信じています。失敗しても、同情はいりません。
 十八のときから付き合ってくださった、貴方にご恩返しをしたのですから、もう思い残すことはありません。
     貴方も、早く素晴らしいお嫁さんを見つけてください。

    私は、宿題ばかりでなく、修学旅行もすんだ気持ちです。後は卒業だけです。
    貴方が昨夜、宿題を手伝ってくださったときから、私の先生ではなくなりました。
    でも、先生と思わなければ、富美子はいつまでも、迷います。ですから、一生懸命、修学旅行と思っていたのです。
    卒業式を迎えた、私を自由にさせてください。
                        貴方の 我がままな卒業生より』

 モーニングコールのベルがけたたましく鳴り響き、賢二を呼び起こしたのは、八時半だった。 いつの間にか、また寝てしまったようだ。あわてて隣のベッドを揺すったが、こんもりと盛り上がった毛布の上には、 こんな走り書きしか残っていなかった。   (了)


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