飽きずにエッセイ2005年7月下旬号
「死んでも、群れたがる」
どんな生き方も自由である。しかし、自己矛盾を平気でやっているのが、もともと自立し"個"であるといいたがる人たちが、
"組織"を作ることではないか。
出版関係には多くのフリーの人たちが係わっている。編集者やライター、カメラマンやイラストレーターなど様々である。
それなりの自負と力量とで、たとえ生活が苦しくても、自分のやりたいことをやろうという意志の強い人が多いのではないかと思う。
一匹オオカミとまでは行かなくても、それに近いものではないだろうか。なかには、正規社員になりたくてなれなかった人もいれば、
組織に馴染まず辞めた人もいるだろう。
だからといって、編集プロダクションなどと組織化するのはどういうことなのだろうか。一人では人脈もなく、
仕事にありつけないからと、寄らば大樹?なのだろうか。しかし、その性格や成り立ちは、タレントを抱え、
あちこちのテレビ局などに売り込む目的の芸能プロダクションとはちがうのではないか。
話代わって、それなりに自立した女性たちの、こんな記事にお目にかかった。「シングル・シニアの女性リポート
/最後は笑顔で お墓まで/NPO法人SSSネットワーク/講座や交流でイキイキ/共同墓で仲間を供養/複雑な家族関係…半数は既婚者会員」(東京7・9付)。
SSSとはシングル、スマイル、シニアの頭文字からなる。6年前にできて、いま会員は全国で550人という。
おもな活動は、いざというときに備える「安心事業」=共同墓、そして今を楽しむ「イキイキ事業」=助け合い、だそうである。
他人様のやることに異を唱えるつもりはないが、組織化して作ったのが「個を生きる女性たちの墓」とは、自己矛盾ではないかしらん。
でなければ、経済的に自立した女性たちが、煩わしい世のしがらみから解放されたい、勝手気ままな生活を送ろう、でもひとりじゃ淋しい、
同病相哀れむというではないか、などという理屈をつけて、まあ自分勝手、いや自己責任でやっていること、それでいいのじゃないかしらん、か。
とうぜん、子育て、離婚を経験すれば、少子化、老親介護も関係ないことでしょうから。ああ、定年前でも、男は捨てられる?!
「コンビニは、悪の温床?!」その1
さいきん届いた東京都の広報は「東京の子どもたちは、今かつてないほどの危機的な状況におかれています。
次代を担う子どもたちをしっかり支えていくことは、親をはじめ、私たち大人の責務です。…」(05年7月、第715号)と格調高くというか、
十年一日のごとくの"繰り言"である。
つづいて、青少年を取り巻く環境では「インターネットでの有害情報の氾濫など、子どもを取り巻く環境には改善すべき点が多く、
都民の間に、子どもたちの未来に対する不安が広がっています」と、実態を調べもしないで、都民を不安に陥れる"公式"見解を掲げ、
石原都知事主導の「東京子ども応援協議会」を設立したと、高らかに?宣言する。
さらに、何年か前に発表された「心の東京革命」を持ち出し、「毎日きちんとあいさつさせよう」「他人の子どもでも叱ろう」
など7つのルールを設けたと説明し、「大人が変われば子どもも変わる」と大きな見出しがついている。
もう一つ、今度は国だが、面白い調査結果がある。内閣府調査によると「コンビニの深夜営業店/『必要』56%『不必要』34%
/4割が青少年への影響懸念」を示したそうだ(5・12〜22全国の成人男女3千人を対象。回収率70・2%。東京7・17付)。
もっとも、深夜営業を必要とするのは、20歳代87・8%、30歳代82・1%、40歳代69・9%と下がり、70歳以上では34・1%と、
さもありなんの実態を示している。
ところで皆さん、「青少年」とは何歳から何歳までをさすと思いますか。都道府県が定める青少年条例では「18歳未満」をいい、
国がいう青少年は「青年+少年」を指すらしく、「30歳から0歳まで」ですよ(例えば、03年12月に青少年育成推進本部が発表した「青少年育成施策大綱」など)。
思うに、国にとっては20歳代の子持ちの夫婦でも、"子ども扱い"なのかしらん。
このように、「青少年」という言葉さえ統一されておらず、さらに東京都広報にある「子どもたち」は、
どの年齢を指すのか不明である。したがって、当事者"青少年"の戸惑いと、迷惑はいかばかりであろうと推察される。
「コンビニは、悪の温床?!」その2
さて、その1のキーワード(1)「次代を担う子どもたち」、(2)「インターネットでの有害情報」、
(3)「コンビニの深夜営業、青少年への影響」について、私の見解を述べよう。ただし、これはいま思いついたことではなく、
(1):日本人は"先送り民族"である。この「次代を担う」という言葉は戦後ずっといわれてきたが、決して"子どもたち"に未来を託すつもりのない大人が、
いかにも君たちを見守ると装いながらの"おせっかい"や"干渉"することをさす。
大人たちは次代を若いものに任せるだけの度胸も自信もないことの隠れ蓑として使う言葉でしかない(拙著『有害図書と青少年問題―大人のオモチャだった"青少年"―』明石書店2002・11)。
(2):東京都が"有害図書"の規制強化に関して青少年条例を改正する前(04年1月)、東京都青少年問題協議会の答申によると
「インターネットの情報こそ青少年に多大な影響を与えると全委員の意見が一致した」と、すでにその影響を認めながら、
「それを規制することが極めて困難であり、現在、議論を重ねても短期間で実効性のある方法を見出すことが困難である点でも、
大方の意見が一致した」と、委員自らの非力さを2度も強調していた。
これですめば、正直で可愛いといえるが、そのあとがいけなかった。「インターネットに比べて図書の持つ影響は小さいという認識から、
図書だけの規制を検討しても無意味であるという意見もあったが、不健全な図書の持つ影響を無視して良いとまでは言えないこと、
また、できる所から一歩ずつ着実に対応を進めるべき」だとし、さらに「不健全図書とは何か、有害情報と犯罪に因果関係があるかなどの視点からの議論もなされ」、
「委員の間の意見の一致は見なかった」ものの、「行政を預かる都知事からの現条例の改正に関する諮問を受けての審議」による結論だから、
"規制強化をした"のだそうだ。これに異議を唱えたり、反論もしなかった出版はじめ、マスコミは何を考えているのか!?
(3):この問題に関しては、拙著『有害図書と…』で「いまやコンビニも"有害環境"である」(p423)と指摘した。
さらに、上記の都条例改正で青少年の深夜外出"禁止"というのが加えられたが、私はすぐに実行でき、しかも効果的な方策として
「現代の"誘蛾灯"コンビニの24時間営業を禁止することに尽きる。そうすれば、強盗被害を防ぎ、
かつ警官の出動も回避できるではないか」と提言したのは昨年の春である(「新文化」04・2・12号)。
さて、結論を急ごう。このように見てくると、(4)「大人が変われば子どもも変わる」かもしれないが、
それはマイナスの現象を示すのではないだろうか。つまり、国や地方公共団体の進める施策が、曖昧模糊であるという点を含め、
大人の論理はいつも青少年の非行より問題ではなかったか。私が常々「青少年は"大人のオモチャ"」というのは、このことである。
「自己正当化、の論理」
都道の拡幅で、1階部分を削られたコンビニの後に、開店したその店は、入り口が狭い上にショーウインドーが目隠しされている奇妙なものだった。
しかし、午前10時ごろ、午後2時ごろと夕方には、老若男女ならぬ老老男女は元気でヒマな人が多いらしく、
どこから湧いてくる?のか、その角地に立つ店を取り巻いて数十人が並んでいるだけでなく、入り口の前、
通りに面している歩道の一部には彼らが乗ってきた自転車が、歩く人の邪魔をしているという。
聞くところによると、ダイエーとかジャスコに納入する自然食品(ピュア何とか)だかを、
一室に押し込めた客(先の、老老男女はセレブの気分か?!)を相手に、講釈を垂れ、知らず知らずのうちに買わせようという催眠商法の一種らしい。
(近くにはイトーヨーカドーや西友、マルエツはあっても、ダイエーやジャスコはないから、このような宣伝ができるのかな)
街中で、堂々とやっているのだから"合法的"なのだろうが、人通りの多いところ、通勤通学にその道を利用するだけの一般人には迷惑この上ないという。
案の定、トラブルが発生していた。その店から少し離れたところに、公営住宅があって、昼間の時間帯には駐輪場もかなり空いている。
そこに目をつけた"遠来の客"が空き巣ネライ、いや臨時停車してのだが、不快な思いのうえに不法駐輪された住民は頭にきたのか、
注意しても駐輪を止めないからか、彼らの自転車数台が空気を抜かれるという"事件"が起こっていた。
やり取りを目撃した知人によると、住民の女性が「昨日も注意したのに、まだやっている」と抗議すれば、
70歳近くの男は「税金で建てた住宅だ。空いているんだから、いいじゃないか」というのも変な論理だと思ったが、
「空気を抜くとは何事だ。ゴムもなくなっている。立派な犯罪じゃないか!」とわめいたり、
「店に言ってくれれば、俺たちは置かない」と責任転嫁するものもいたという。終いに知人は「お前が空気を抜いたんだろう!」と、
あらぬ疑いをかけられたという。
そこで、店に抗議しようと出かけてみると、あらかじめ3、4か月で店じまいするとの"お断り"のとなりに「来客の自転車に責任は負わない」と書いてあったという。
きっと、主催者は百戦練磨の手練手管の持ち主、客の持ち込むトラブルなんぞどこ吹く風、顧客が飽きるころには、
またどこかの空き家、いやヒマな小金持ちの老老男女を物色していることだろう。お互い年は取りたくないもんですねエ?!
(以上、2005年7月20日までの執筆)
kenha@wj8.so-net.ne.jp