けん語録−青春編−(その4)

目次
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昨年3回にわたり掲載した、最近10年の言葉「けん語録」の"青春編"として、
15歳から24歳まで書き綴ったものをお送りします。
年齢相応の感慨もあれば、少しも進歩していないという印象も否めません。
ご笑覧ください(元は数年前、成人式を迎える娘にプレゼントしたものです)。
2003・1月橋本健午

1961年(昭和36年) 十九歳−2
この人の 目の前の存在は 私を心豊かに してくれる(ノオト「浪人時代」より6・11)
私は 環境の変化に すぐ順応できる 性質を持ち合わせていない(同6・15)
私の考えは はるかに特異で 反封建的 反既成道徳的で
自由なものである(同6・30)
世わたり ということは 私の不得手 とするところである(同6・30)
日本人の 中国大陸でやったことは
ヒットラーのユダヤ人全滅の 思想と一致する(同7・7、『三光』を読んで)
同情ということは 常に必要であるにもかかわらず
彼は自分に関わることでなければ
情け容赦もないという 現金なところがある(同7・10)
世の中には 物オボエがよくても 下らない 人間が多い(同7・14)
日本は自由主義陣営 というものに属している
そして 反共反ソを 国是としている
国民の方はというと 何でもハクライを尊重し
そして アメリカの物質文明を
良悪の見境もなく ありがたがっている(同8・22)
一人旅 話しかけてくる相手は 男女を問わず 好奇心の強い人か
退屈を持て余す 人間である(創作「少年だったころ」より8・25記)
中学生にもなると 美しいものと そうでないものの
区別ぐらいは つくようになった(同)
女性観は 中学三年生のときに
心的な大変化が起こって 甚だしく変った(同)
すべてのものに対して 批判的な態度を とるようになり
妥協というものを 許さなくなった(同)
先生のタマゴである彼は 少年たちに
道徳教育を はじめようとするのだった(同)
若い女性が みんな逞しくなれば 男の出る幕が なくなるのでは(同)
大学か 女の子か? いや、これは 難しい問題だ(同)
自分に恥じないように 生きるのが 真の生き方というものだ(同)
何ごとも既成観念に囚われることなく
自ら倫理規定を設けて実行し、自己を律する
という自己に厳しい性格を備えていた(同)
女性の顔が 美しいからといって
その全人格が 素晴らしいとは 決して言えない(同)
男女は平等 でなければならない
全生活において お互いに 平等でなければ…(同)
"奥さん"は他人に見せる ものではないし
飾っておく ものでもない(同)
内面的な 女性がよい
(内面的ということは始めから男に従属してやろうなどと考えないということ) (同)
大学へ行くのは 学問をし 人格を 形成するため(同)
一般の男は いかに進歩的であろうと
家の中では 相変わらずの 亭主関白だ(同)
資本主義は 利己的な人間に 向いている(同)
勤勉なのは 利己的な証拠だ あの二宮損得を 見よ(同)
"教養"とは高校にあっては
いかにして大学にすべり、予備校に入るかであり
大学においては いかに遊び暮らすかということである(同)
下の者は無闇に 上を羨み
上の方は 単に下にいるというだけで その人を軽蔑する(同)
科学技術がどれほど進歩しても 人間の知力が停滞しておれば
科学者の警告を待つまでもなく 人間自らを滅ぼすのは
歴史の教えるところである(同)
彼には世間や 世間の噂が 耳障りであったし 煩わしくもあった(同)
怖いから 無理をしない(同)
運命を肯定しようが 否定しようが
どの方向へ進もうが 本人の自由ではないか(同)
一生! 人生はどんなに長いことだろう(同)


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