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「50 出版物のワイセツ裁判」

日本出版学会編『白書 出版産業―データとチャートで読む日本の出版―』


 卑猥な、あるいは露骨な性表現を取り締まるとして、刑法第175条(わいせつ物頒布等)が適用されるのは文章や写真・絵画・映画などから、 近年はインターネットの画像にまで及ぶが、それは表現の自由と時の権力との"戦い"ともいえる。
 1908(明治41)年に施行された刑法の第175条(わいせつ文書頒布等)は、91年4月「わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、 販売し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処する。 販売の目的でこれらの物を所持した者、同様とする」と改定された。
 なにがワイセツ文書に該当するのか。その判断基準は51年の最高裁判決で出された、1.いたずらに性欲を興奮、または刺激せしめ、かつ、 2.普通人の正常な性的羞恥心を害し、3.善良な性的道義観念に反するもの("ワイセツの三要素")をいう。 これは、男女の性交場面を描写した記事がワイセツとして問われた際の最高裁の見解である (「サンデー娯楽事件」長谷川卓也「新戦後史の現場検証」(165)『週刊読書人』1992年1月27日号)。
 なお、三要素は57年の「チャタレー事件」の最高裁判決で、"ワイセツの三原則"となり、 さらに82年に"ワイセツの判断基準"として、「扇情的手法により、性器性交場面が露骨詳細に描写」、 「好色的興味をそそり、全体として性的羞恥心を害する」の二つが加えられた(警視庁保安課編「戦後における性風俗とわいせつ概念」平成11年12月)。

 終戦直後の主なワイセツ文書を見ると、46(昭和21)年12月『猟奇』第2号が初の摘発を受け、48年に『四畳半襖の下張』、 石坂洋次郎「石中先生行状記」(「小説新潮」10月号、不起訴)、50年に『裸者と死者』上刊が挙げられたが、 GHQの圧力で解除。前後して、カストリ雑誌やエロ本の押収が続き、伊藤整訳『チャタレー夫人の恋人』が発禁となる一方、 海賊版が出回った。
 50年の朝鮮戦争勃発(朝鮮特需)で息を吹き返した日本経済だが、昭和30年代に入ると、出版社系週刊誌の創刊が活発となり、 連載小説の性表現などの摘発が増える。以降書籍を含め、もっぱら活字を中心に摘発されるが、政治がらみ、 "別件逮捕"的要素が強かった。60年の澁澤龍彦訳『悪徳の栄え(続)』(最高裁で有罪)、 72年に野坂昭如編集『面白半分』に掲載の「四畳半襖の下張」(最高裁で有罪)、76年に大島渚の単行本『愛のコリーダ』 (のち、無罪)などである。
 発禁本の研究家、城市郎によると「昭和53年の富島健夫『初夜の海』を最後に猥褻文書として取締まられた文芸作品はなく」、 「昭和50年以降の猥褻出版物の取締まり対象は、ヌード写真を収める雑誌や写真集などに焦点が絞られ、移行するようにな」った (「世相を映し出す摘発文学・有害図書」『発禁本』構成・米沢嘉博〔別冊太陽 城市郎コレクション〕平凡社1999)。
 90年代に入ると、91年6月の篠山紀信『不測の事態』や、荒木経惟の「三月の私写真」(『芸術新潮』5月号)、 8月に『太陽』(7月号)の「百人の写真家による裸体と肉体の百五十年」等でのヘアや性器の写真について、 警視庁保安1課は"ワイセツ性が高い"としながらも警告するに止めている。
 ヌード写真集は92年ごろブームとなり、数多くの女優やタレントのものが出版された。 警視庁保安課は、米国のロック歌手マドンナの『SEX by MADONNA』日本版についてワイセツ性があると発行元に始末書を出させたり、 島田陽子・松尾嘉代・大竹しのぶら有名女優のヘアが露出した写真集を出した出版社三社の社長を呼び、自粛を要請している。
 その後、加納典明の写真雑誌「ザ・テンメイ」(竹書房)と94年12月発行の総集編「きクぜ2」がワイセツだと摘発を受け、 出版社社長とともに加納氏も逮捕され、取次会社も家宅捜索を受けた。 もっとも、95年12月には成人向け雑誌「秘 桃源郷」が写真だけでなく文章表現もワイセツとされ、家宅捜索された。 文章が摘発されたのは、17年ぶりである。
 なお、翌96年には、『チャタレー夫人の恋人』の無修正本が新潮文庫から出された。こちらは、発禁から45年ぶりである。
 02年10月、マンガ本『密室』の発行元、松文館の社長らがワイセツ図画販売容疑で警視庁に逮捕され、起訴された。 アダルトコミックス初の摘発。"徹底抗戦"の同社社長の、10回を超える公判で同社側の意見証人は、マンガは実写とはちがう、 マンガのような二次元的なキャラクター表現で性欲を感じる人は少ない、ボカシについても問題はないなどとワイセツ性を否定したが、 04年1月13日東京地裁は同社社長に懲役1年、執行猶予3年の判決を下した。同社はただちに控訴。
 現状では、インターネットにおけるポルノ画像の氾濫に、とても敵わぬ出版物だが、マンガが対象とされたのは、 近年ますます隆盛を極めるコミケ(コミックマーケット)の存在も無視できないからであろうか。 この、多くのマニアによるマンガ表現(の売買)は、年3日間で40億円もの現金が動くといい、税務当局も目を向けている。
 なお、警察庁による「わいせつ物頒布等罪」の認知件数は図表のとおりである。

年度9293949596979899000102
件数539545645703621471670597557454392

(法務総合研究所「犯罪白書」平成14年の犯罪、平成15年11月発行)

 01年度の地域別の数字をみると、東京129、大阪57、長崎48、神奈川38、愛知18、静岡・兵庫15などと大都市に集中し、 歓楽街も多いといえる(上記の"認知件数"に対する"検挙率"は100%に近い)。
 摘発されたものでは、上述のように一般的な出版物(取次経由の書籍・雑誌)はほとんどなく、大半はビデオテープで、 95年あたりから"主流"となっているという。他に、パソコン通信による裏ビデオやワイセツなDVDなど。
 しかし、他のもろもろの犯罪に比べれば、この分野は小さな扱いで、「警察白書」や「犯罪白書」などの索引に、 「わいせつ」の項目はない。
 なお、出版者にとって、刑法175条よりも厳しいものがある。"児童ポルノ"(18歳未満の子どもの裸の写真など) を掲載した雑誌などの出版物を処罰の対象とし、それらの頒布・販売を業とするものは、3年以下の懲役または300万円以下の罰金が科せられるという 「児童買春・児童ポルノ処罰法」である。03年10月に、笠倉出版社が女性向けアダルト雑誌2誌に17歳の高校2年生の女子生徒の写真を掲載したとして、 雑誌出版社としては初めて同法(販売目的製造)違反で摘発、書類送検された。


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