『戰線文庫』研究

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〔番外:反響に関して〕

 拙稿「幻の海軍慰問雑誌」(「文藝春秋」05年9月号所収)について、ご意見・ご感想をいただいております。
 掲載誌が出て間もなく、出版OBの方から、残暑お見舞いとして「久しぶりに貴兄の文章、『文藝春秋』誌で拝見。 嬉しく読みました。以前、貴兄よりうかがっていた『海軍慰問誌』まとめられた由。よい仕事でした。 貴兄より少し年上の私は、周りに"反戦・不戦"の大人が居なかったことを知っています。戦後、急に増えた由。 講談社が戦犯会社といわれたのも、よく分かります。一人暑さの中、貴兄のエッセイに乾杯して」とありました。
 また、興亜日本社関係では、10代なかばのころ(昭和17,8年)、わずかな期間アルバイトとして務めていた女性から、 「岩田専太郎さんのところに絵をもらいにいった」ことや、「桃割れに結った伊豆の踊り子の格好をした森光子さんが、 これから慰問に行くのと編集部に来たことがある」などと、懐かしそうにお話されております。
 あるいは、お父上が『戰線文庫』の編集に携わっていたという男性からのメールには、「忘れていた父を思い出すことが出来ました」とありました。
 あるマスコミ関係者からは「文藝春秋の随筆、読ませていただきました。『風化や時効にしてはならない"時代"がそのまま残っている』 さすがですね。 とてもわかりやすい、いい言葉だと思います」と、過分なお言葉も届きました。
 もう一つは、未知の男性からの封書です。A4一枚にワープロでびっしり書き込まれ、宛名も自著(住所氏名)も、 すべて機械入力かつラベル式で、一切の筆跡が分からないものですが、77歳という年齢から想像するに、かなり機械に詳しい方だと推察しております。
 全文を引用するのは失礼ですので、私の"回答"を掲出し、その中で該当部分を引用させていただきました。やり取りをご推察ください。
 なお、拙稿「幻の海軍慰問雑誌」は「『戰線文庫』研究」のウ)その他(復刻版に関して)に掲出しております。

S・Bさま
 拝復 ご丁寧な書簡をいただき、ありがとうございます。
 また、「文藝春秋」9月号における拙稿「幻の海軍慰問雑誌」をお読みいただいたことにも、感謝いたします。
 ご書簡には、とくに返答をお求めになっておられないようですが、それでは年長者に対し礼を失すると思い、 ここに拙文を認める次第であります。
 ご書簡の趣旨は、私(橋本)の結論には賛成するが、そこに至る文意には異議がある、「許せない」ということだと拝察します。
 その問題点は、"戦争を煽ったのは民衆だ"という石井公一郎氏の発言を"借入れ"、そのことを追認する私の発言は、 「恰も国民がメディアを通し国の指導者を煽り、無謀な戦争に突入せしめた。と読めるが如何?」とのことです。

 では、ここでS・B氏(77歳)の手紙から、彼の言い分を聞こう。

「…この結論を導くため、旧海軍によって発刊され且つ著名民間陣による娯楽雑誌を紹介、 当時のメディアに拠って庶民が戦争を煽った。更にその論拠として石井公一郎氏の発言を借入れ"たしかに戦争を煽ったのは大衆(国民)とゆうことになる。 "と貴方は追認している。当時の時代背景を知らぬ若人に大きな誤解を生みはせぬか?恰も国民がメディアを通し国の指導者を煽り、 無謀な戦争に突入せしめた。と読めるが如何?戦争を知らぬ若人(貴方を含む)にあらぬ論説を提示することは、甚だ心外である。」
 さらに続けて、
「抑〈そもそも〉、この戦争の原因は遠く明治時代まで遡らなければならない。後進国日本が日清、日露戦争以降負け知らずで、 国の指導者は天皇を神格化、絶対化する事により、当時からアジア地域を植民地化した欧米勢力を駆逐し、 武力によって国の勢力圏として支配すべく思い上がった国の指導層によって周到に準備していたところにある。 その政策指導者はご存知のとうりで、背後に天皇を錦の御旗に、極限までの絶対支配を把握した指導者は、 政治、経済、教育、等全分野に亙り絶大な強権、圧制のもと、政、官、民間、の抵抗勢力を大小に拘わらず弾圧した事は既にご存知であろう。 そして遂に庶民の末端まで巻き込んだ悲惨極まりなき戦争に突入せしめた。世界の人的被害は数千万人に及ぶとされた。 誰が好んで生死を賭して戦地に赴いたか?だれが学業を捨て戦地赴き、或いは兵器生産に食糧生産に携わったか? だれが最愛の夫を戦地に差し出したか?皆後ろ髪を引かれつつ行った。この事柄の記述は枚挙にいとま無し。 結果最大の被害者は貴方の原因者と謂う大衆(庶民)である。青春を奪われ、人生に計り知れない苦痛を体験した。 その被害者の庶民が戦争を煽った原因者であると極め付ける事はどうしても許せない。」(後略)

 そこで、お尋ねしますが、あなたがお読みになった「文藝春秋」9月号の拙稿には、ご指摘の文言の前後にある
 「私は二年半の研究や復刻作業を通じて、作家や女優はおろか庶民まで"戦争"と関わらずには生きるすべがなかったという印象を強くした。」や、
 「新聞や雑誌、ラジオ放送に煽られた国民が『天皇のために死ぬのは名誉』と"一億総・・・"状態となれば」、
 さらに「戦争に正義はなく、勝っても負けても犠牲者が出る。嘆き悲しむのは多くの国民、われわれ自身である。」という部分は欠落していたのでしょうか。
 もう一つ加えれば、つづく「この『戰線文庫』には風化や時効にしてはならない"時代"がそのまま残っている。 それらはほぼ全号から記事・グラビア等を適宜選抜した、この復刻版(日本出版社発行)から読みとることができるであろう。」も、欠落していたのでしょうか。
 これらのどこに、「その被害者の庶民が戦争を煽った原因者と決め付けることはどうしても許せない」ほどの趣旨を見出すことになるのか、 ご面倒でしょうが、もう一度お確かめください。
 さいきん、あなたと同年輩の方から、「戦争を体験していない、お前らに何が分かるか」と"バカに"されました。 その席にはその方より十歳、あるいはもう少し若い複数の人間がいて、「だから、話してください」と懇願したにも拘らず、話は途切れました。
 察するに、"戦争"を私物化したがる年代があるということなのでしょうか。
 あなたは、ご書簡の後半で「現代世論に強大な影響のある近代メディアの凄まじさを強調するあまり、 過去の事実に反する記述を誌上に発表してはならないし、それこそ"戦争の歴史"と正面から向かい合ってもらいたい」と述べられておられます。
 この下線部分は、拙稿の「インターネットはじめメディアが多様化する現代こそ」という文脈の、どこから読みとることが出来るのでしょうか。
 加えて、あなたの言われる"過去の事実に反する記述"など、私は本稿で一度も行っておりません。
 思うに、いま言論の自由を享受するわれわれとしては、お互いに「過去の事実に反する記述を誌上に発表してはならない」などと言わないほうがよいのではないでしょうか。
 もとより、浅学非才の身、どのようなご意見ご助言にも、謙虚に耳を傾ける心がけだけは忘れないようにしております。
 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
 最後になりますが、願わくは、『戰線文庫』復刻版を手にとっていただきたく存じます。

敬具
2005・8・28  橋本健午《氏名のみ手書き》


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