『心-こころ- 橋本健午のページ』『戰線文庫』

『戰線文庫』復刻版に関する生インタビュー

（2005･8･2午前7時40分から約10分間）

◆放送局：ＴｏｋｙｏＦＭ（ＦＭ東京）◆番組：６ＳＥＮＳＥ（月～金　6：00-9：00）
◆コーナー：「ＤＩＲＥＣＴ　ＨＩＴ」◆インタビュー（パーソナリィティ：七尾藍佳）

　ナレーション（P）…8月15日は60回目の終戦記念日を迎えます。今週の「ダイレクトヒット」では、戦後60年という節目の年を、さまざまな角度から探っていきます。

　今朝は戦時中、海軍が兵士〈一人ひとり〉に配布していた娯楽雑誌について取り上げたいと思います。その雑誌の名前は「戦線文庫」。1938年から45年の終戦時まで毎月発行され、戦地の海軍兵士に届けられていました。

　いままで、ほとんど入手不可能と思われていたこの雑誌、当時の版元が前身の日本出版社の倉庫で58巻分が見つかり、その一部が解説つきで復刻されました。私の手元にも一冊〈1セット〉あります。

　今朝は、この「戦線文庫」復刻版の編集を担当されたノンフィクション作家の橋本健午さんにお話をうかがいます。

　《お断り：ニュアンスを損ねない範囲で読みやすく構成しました。〈　　〉内は注あるいは補足を表し、敬称は省略しております。文責橋本》

七尾（P）「橋本さん、おはようございます」
橋本（＊）「おはようございます」

P「私が拝見しているこの雑誌、内容はパラッと見ただけでも面白そうなんですが…」
＊「そうですね。一口に言いますと娯楽雑誌なんです。戦地にいる兵隊〈将兵〉さんを慰めるための…。ですから、小説や漫画とか、落語に漫才、コントやクイズなど盛りだくさんに入っているんです」

P「また、巻頭には、グラビアといっていいんですかね。当時も、グラビアっていう認識だったんでしょうか」
＊「ええ、そうです」

P「たとえば、どんな方が登場しますか。いまでも、ご存命の方、いらっしゃいますよね」
＊「原節子や高峰秀子など、ほとんど毎号のように女優を中心に女性が登場します。しかも、写真だけでなく、メッセージを添えているんです。たとえば山田五十鈴は、こんなことを書いております。『一人一人の方々に、小さな〈私の〉胸に燃え上がるこの感謝と感激の思いを述べさせていただきたく存じます』と。ブロマイド的な要素がありますから、戦地の兵士からファンレターも来ます。いろんな女優に来るんですが、ある兵士はゼイタクにも『山路ふみ子様、田中絹代様、北見礼子様、市丸様』などと名前をあげて、写真を送ってくれとか…」

P「並べすぎですねえ」
＊「女優のほうも、それに応えているようです。〈手紙は内地と戦地を〉往復していますね」

P「兵士というより、普通の人の姿をうかがうことができる雑誌なんですね。たとえば、読物も充実しているようですけども、どんな作品が注目されますか」
＊「私が、ですか」

P「そうですね。私は、菊池寛さんなんか、ビックリしましたけども」
＊「〈この雑誌の発刊に〉菊池寛が関わっていたらしいということもありますが、小説や対談とかに、かなり登場していますね。また川口松太郎や、女性では林芙美子や吉屋信子など一流の人たちが毎号5,6名が名前を連ねております。ユーモア小説や恋愛もの、スパイ小説なども載っています。そして、読みやすいように、みなルビがふってあって気軽に読めるということと、小説はじめ全般に短い、短編が主体ですね…。また、作家の名前は、映画の盛んだった時代で、誌上封切映画の原作者として、そういう方たちの作品も（主役たちの）写真付で載っております」

P「読みやすいようにルビがふってあったり、短編であったりということですが、どのような人たちが読んでいたのでしょうか、将校だけなのか、一般の兵士たちもということなのですか」
＊「この雑誌は、船の上を含めて、海外にいる将兵たち、一人ひとりに送る目的で作られていました。いちばん多いときには200万部も発行されていたそうですが、想像もつかない数字ですね。〈戦地には〉いろんなレベルの人がおりますから、読みやすいように、飽きさせないようにとコントなどがあり、演芸のときに〈ネタとして〉使ってください、というようなメッセージもあります。慰安のために作られたものですから」

P「橋本さんご自身に伺いたいんですけれども、戦後60年という節目の年に『戰線文庫』が復刻されましたが、編集をされていて、どんなことを感じましたか」
＊「いまお話したように、雑誌としては、よくできているという印象を受けるんですが、時代を考えますと…、〈この雑誌には〉もう一つ大きな要素がありまして、国民が献金･献納する、慰問袋を送ったりする、そういう記事が必ず載っているんです。それはある意味では兵士を慰めるといえるんですが、逆に送る側の視点から見ますと、作家も画家も女優たちも、そして慰問袋を送るなど国民、一般の人たち、要するに誰もが、軍に協力せずには生きていけなかったという時代に出された雑誌です。
　たとえば、小学生の話なんですが、白いご飯の真ん中に梅干一つだけの弁当を"日の丸弁当"といいますが、これは貧しさや質素を示すものですが、小学生がおかず代を浮かせ、その金額3銭か4銭を親からもらって献金する"日の丸献金"が何度も行われていたということが、昭和13（1938）年ごろの記事にあります。つまり戦争は、子どもまで巻き込むのです。そういう意味でも、この『戰線文庫』は「戦争は二度とあってはならない」というメッセージを伝えるために生き残っていたんではないかという印象が強いですね」

P「あまりにも現実的で、あまりにも隅々まで戦争が行き渡っている、そういう印象を私も非常に受けましたね」
＊「民間に委託して出されていたけれども、雑誌としては、きちんと海軍の"意思"が働いていると感じがします。ですから、当時を知らない人々、とくに若い人に読んでもらえればと期待しております」

P「また、クォリティ〈質〉の点からいえば、非常にいい雑誌ですね。復刻版の印刷もきれいで、表紙〈の女性〉もすごく素敵な絵で、そういう点からも、いろいろ学ぶべき点はあると…」
＊「軍隊は男社会ですから、表紙から女性の絵が多いですね。本文にも大家による美人画があります。これらを見て、色っぽいですねえ、という年配の女性もおられました。たしかに、娯楽的な要素は〈最後まで〉残っておりますが、いまの時代から考えると、いろいろと示唆されるものがある、といえます」

P「『戰線文庫』ですから…。いろいろと勉強になりました。今朝は、橋本さん、どうもありがとうございました」
＊「ありがとうございました」

　ナレーション（P）…復刻された「戦線文庫」。1938年から45年の終戦時まで毎月発行された『戰線文庫』復刻版の編集を担当されたノンフィクション作家の橋本健午さんにお話をうかがいました。

　《補足：担当者との事前の打ち合わせで「回答原稿的なもののご準備はされず、パーソナリティの七尾と自然に会話をしていただいた方が良いかと思います」ということでしたが、何もなくて、このように具体的に、かつスムーズ？に、ことは運ばないと思い、原稿は用意しました。
　当初"5分程度"というインタビューが、話しながらやや長いなと感じてはいました。後半の、「戦後60年という節目の年に『戰線文庫』が復刻されましたが、編集をされていて、どんなことを感じましたか」との質問だけでは終らず、七尾さん自身がこの雑誌に興味を持たれたらしく、さらに続いたようでもあります。
　それでも、話せなかった話題に、次のようなものがありました。
　「言論規制の厳しい時代でしたが、おととし92歳で亡くなった漫画家の杉浦幸雄さんに、お聞きしますと、市販の雑誌よりも制限が緩やかで、自由に描けたそうです」
　「座談会が多いのも特徴です。たとえば、『若い娘が新体制生活を語る座談会』というのは"戦線の将兵に銃後女性がどうしているかをお知らせする"のが目的でしたし、豪華版としては女優の李香蘭が作家の丹羽文雄や石川達三と話す座談会もあります」
　「海軍の各学校の『練習生採用試験問題』も掲載され、『オムレツ』の作り方などの問題も載っている、という至れり尽くせりの雑誌ですね」

　たしかに、事前に言われたとおり「生放送なので打ち合わせどおりには進みません」でしたが、その一例として、ナレーションの最後に出てくるはずの「復刻版の『戰線文庫』は第3号と53号に解説本をつけて日本出版社から8400円で発売されています」もありませんでした。

　もう一つ、多くの人を登場させるために、同じ人の名を2度は出さないように工夫したことです。それは成功したようですが、「メッセージ」という言葉を2度使ったのは〈想定外〉のことでした。　　2005･8･5　橋本健午》

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