(1982年2月)
七年前の昭和五十年(一九七五)初夏、ホンコンで、こんな光景を目撃した。
映画「慕情」で有名になったリパルスベイ・ホテルで昼食をとっていたときだ。
波打ち際から数十メートル離れた高台にある、このホテルのテラスには、昼食には少し遅い時間だったせいか、
まばらな人影しかなく、のんびりしたボーイの応対は、いかにもリゾート地らしい。
ふと隣のテーブルを見ると、若い中国人の男女が冷たいものを飲んでいる。
近くの駐車場には、その男のものらしい真っ赤なスポーツカーが無造作にとめてある。
言葉はわからないが、二人は最近知り合ったらしい。というのは、男が財布をもてあそびながら、
さりげなく何枚かのクレジット・カードをちらつかせて、女の歓心を買おうとしていたからだ。
ホンコンは人口の九十九パーセントが中国人で、残り一パーセントが白人などの外国人である。とても貧富の差が激しいと聞く。
この一パーセントと、ほんの一握りの富豪の中国人が、こうして昼間から働かずに遊んでおれる"国"であるらしい。
《2行分、棒線でケズル》
あの若い娘が男になびいたかどうかは知らないが、私の頭には、やはりクレジット・カードとは一般庶民には無縁のもの、
金持ちだけが使うという印象を深めたにとどまった。
――しかし、日本に帰ってみて、これがとんでもない認識不足だということがわかった。
日本では、クレジットは"庶民の味方"なのである。そればかりか日本の消費経済を支えているとさえいえる。
いま、昭和五十七年(一九八二)。輝ける八〇年代も"佳境"に入りつつある。
数年前のホンコンと比べて(というのはおかしいが)、貧富の差はあまりなく、また階級意識もなく、
九割以上の人々が"中流意識"を持っている日本人。
そんなわが国におけるクレジット(・カード)の現状と、日本人は幸せだろうか? というのが、以下のレポートである。
(以上、約2枚半)
《昭和57(1982)年2月16日、コクヨB5判の400字詰め原稿用紙に、万年筆で。たしか"クレジット"に関する本の執筆を頼まれたが、ここまでで終わっている…》