『心-こころ- 橋本健午のページ』母校・高槻中学高校

19“趣意書”は意思表明、立候補の弁に過ぎない

　ところで、『高槻高等学校45年史』ｐ22に掲載の“趣意書”は学校設立に先立ち文部省に提出された文書、すなわち昭和15年7月30日付の「設立許可申請書」に添付されたものであろう。そこに盛り込まれる内容は“夢や理想を語る意思表明あるいは立候補の弁”ではなかろうか。これも検証したところ、その文書名は「趣意書」ではなかった?!

　　　趣意書
　光輝ある紀元貮千六百年に當り、財團法人高槻中學校を設立せんとす。地を卜せる大阪府三島郡高槻町は、固より醇朴淸新の田園都市、近郊は景勝に富み史蹟また尠からず。しかも、東海道本線及び新京阪線に沿ひて交通至便、大阪市より僅々十八分にして達す。敎育上洵に理想の環境たりと謂ふべし。
　今や東亞新秩序建設の秋、帝國各般に於ける眞に鞏固なる新體制の整備は、最も喫緊の要事たり。而して之が根源は、敎育の普及徹底によりて、國運負荷の大任に堪ふべき人物を錬成するに在りと確信す。仍つて茲に中學校を創設し、基礎を新制國民學校の敎育に置き、更に之を進展擴充し、敎學の本義に則りて皇國の道を修めしめ、各々其の分を盡して皇運を輔翼し奉るべき中堅有爲の國民を養成し、以つて聊か邦家に貢獻せむことを期す。之また現下の重大問題たる入學難緩和の一助ともならば幸なり。

　さて、原本「設置理由書」と照合して見ると、次の赤字部分が省略されていた。

　　　「設置理由書」
　光輝ある紀元貮千六百年に當り、財團法人高槻中學校を設立し高槻中學校を建設せんとす。
　地を卜せる大阪府三島郡高槻町は、固より醇朴淸新の田園都市人口参萬有余夙に町民は擧りて中等学校設置を熱望す。近郊は景勝に富み史蹟また尠からず。　しかも、東海道本線及新京阪線に沿ひて交通至便、大阪市より僅々十八分にして達す。
　敎育上洵に理想の環境たりと謂ふべし。
　今や東亞新秩序建設の秋、帝國各般に於ける眞に鞏固なる新體制の整備は、最も喫緊の要事たり。而して之が根源は、敎育の普及徹底によりて、國運負荷の大任に堪ふべき人物を錬成するに在りと確信す。
　仍つて茲に中學校を創設し、基礎を新制國民學校の敎育に置き、更に之を進展擴充し、敎學の本義に則りて皇國の道を修めしめ、各々其の分を盡して皇運を輔翼し奉るべき中堅有爲の國民を養成し、以つて聊か邦家に貢獻せむことを期す。之また現下の重大問題たる入學難緩和の一助ともならば幸なり。

　赤字部分は『50年史』ｐ18-19の図版“趣意書原本”すなわち「設置理由書」にあるもので、“趣意書”では削除されている。なお、原本の“醇朴”は手書き。“趣意書”の“、”は改行のためか、また“び”も原文にはない。 “錬”はわが機械では変換できなかったことをお断りしておく。
　二つの文章の異同は、単純なミスでなければ相当な深謀遠慮といえる。すなわち、財団法人が出張って、学校(吉川校長)が隠れる、という意味ともとれる……。
　法律上、私立学校を造るにはその後ろ盾として財団法人(いま学校法人)が必要である。財団があるから、学校でも造ろうかということではなかったはずである。そのプロセスを理事者＝経営に携わる人たちが知らないわけはないだろうと思う。

　話は戻って…「國運負荷の大任に堪ふべき人物を錬成する」ために「中學校を創設し」たのは「基礎を新制國民學校の敎育に置」くことが前提であった。つまり、前提が崩れている現代では「國運負荷の大任に堪ふべき人物を錬成する」必要はないことになる……。

20 設立へ　寄せられた寄付の実態 (1)

　「設置理由書」に、「人口参萬有余夙に町民は擧りて中等学校設置を熱望す」とあるが、どのような状況にあったか。高槻町が寄付金1万円を出した理由、ついで土地を提供した医科大学の経緯も掲げておこう（町名・金額、いずれも当時…『45年史』ｐ23より）。

　　　礒村彌右衛門　高槻町長　　1万円　昭和15年7月29日
　寄附ノ理由(高槻町議会議案第40號、昭和15年7月29日提出-即日原案可決)
　本町ハ昭和六年一月一日　附近町村ヲ合併シ高槻町ヲ結成、以来各般ノ施設ヲ擴充セシ結果近時著シク人口ノ増加ト共ニ教育機関ヲ完備スルノ必要ニ迫ラレ居リ殊ニ市制実施ノ日モ目睫ニ迫レル現状ナルニ拘ラズ中等学校ノ施設ナキヲ以テ大阪府ニ對シ設置方ヲ要望中ナルモ府ニ於テモ財政ノ関係上実現ノ運ニ至ラズ中等学校入学難ノ折柄町民ハ一日モ早ク是レガ設置ヲ熱望シツツアリ、然ルニ今回篤志家ノ発起ニ因リ財団法人ノ中学校設立ノ議アルニヨリ本町内最適ノ地ヲ選ビ府下中等学校入学難緩和ノタメ其ノ設置ヲ希望シ是レガ建築資金トシテ前記ノ金額ヲ主務官庁ノ認可後寄附セントスルハ最モ適当ノ処置ト認ムルモノ也。

　　　財団法人大阪高等医学専門学校(現大阪医科大学)
　昭和15年8月29日　財団法人大阪高等医学専門学校理事会において無償贈与を議決。
　昭和15年9月2日　文部大臣宛に「学校用地の一都贈与認可申請」をなし,認可。
　学校用地として4,000坪寄附。大阪府三島郡高槻町大字西天川字木ノ前及字水清地内
　(高槻町長礒村彌右衛門が地元地主の説得に当った。)

　ついで、個人で寄付をされた方と金額にも触れておこう。まず、『45年史』ｐ22には「沿革」の文章があり、その後半に、
　「本財団法人高槻中学校の設立には、藤堂献三・坂野鐵次郎・佐竹則蓊等から多額の私財の寄附を仰ぎ、財団法人大阪高等医学専門学校(現大阪医科大学)並びに京阪電気鉄道株式会社等から財政援助を受けている。」とある。

　その後、『60年史』の「刊行のことば　創立60周年をむかえて」では、細かく「…地元の強い要望に応えたものであり、藤堂献三25万円、坂野鐵次郎5万円、佐竹則翁5万円、有田邦敬5万円、高槻町1万円、湯浅蓄電池製造株式会社1万円、財団法人大阪高等医学専門宇校(現学校法人大阪医科大学)が4000坪の学校用地を寄附し設立をみたものであります。」と、金額まで具体的ではあるが、やはり記述に正確かつ公平さを欠く。

　『45年史』ｐ23所収の文書によると、藤堂献三・坂野鐵次郎・佐竹則翁の三氏の場合は自宅住所が記され、“個人”の寄付と考えられるが、有田邦敬氏は「京阪電気鉄道株式会社取締役社長」であり、「高槻町」は「礒村彌右衛門　高槻町長」とあり、「湯浅蓄電池製造株式会社」は「小山文吉　湯浅蓄電池製造株式会社社長」である。
　ついでに言えば、金額の大小の順に見えるが、寄付した日付順でもある。
　したがって、個人名のある方たちの、多額の“私財”の寄附だったのかどうかは分からない。

21 設立へ　寄せられた寄付の実態 (2)

　もう一つ、忘れてならないのは地主たちの協力である。 “45”と“60”の間の『50年史』にあたってみると、「草創の雄志を賛えて」の項、最初の小見出し「草創の苦渋に耐えて」 (ｐ18～27)がある。そして、冒頭(ｐ18～19)には先述の“趣意書原本”“趣意書(参照1)”が中央にあり、これをはさんで、次のような説明がある。

　　　草創の苦渋に耐えて
　財団法人　高槻高等医学専門学校(現・学校法人　大阪医科大学)理事長藤堂献三は、坂野鉄次郎　佐竹則蓊　有田邦敬等と相はかり、地元高槻に中学校を設立し、「国運負荷の大任に堪うべき人材」を錬成しようとした。
　当時、高槻町は、中学校の設立を大阪府に要望していたが、財政上の理由により実現に至らなかった状況にあり、中学校設立は、地元の強い要望に応じるものであった。
　かねてより、財団法人大阪高等医学専門学校は、運動用地として大阪府三島郡高槻町大字西天川地内　土地実測面積　15,000坪以内を15万円以内で買収することを計画、これが実現に努力してきたが、買収価格の面で地主と折り合わず交渉は一時停頓していた。
　このページの下方に、「財団法人　大阪高等医学専門学校理事会決議」(昭和15年3月23日)がある。
　「運動用地として下記の土地を代金15万円以内(一坪平均十円)にて買収し、尚官有地は其の公用廃止後拂下を受ける。／記／大阪府三島郡高槻町大字西天川地内／土地実測面積　15,000坪以内」

　同Ｐ19の「創立時の寄附者」は前項で(順序を変えて)紹介したとおりである。では、Ｐ20の「高槻中学校へ4000坪を寄附する経緯」を掲げよう。まず、次の前説がある。
　「たまたま、高槻町は中学校設立を熱望してきたところであり、この際、財団法人　大阪高等医学専門学校が中学校を設立してくれるならばと、地主を説得することとなり、その結果、地主側も15,000坪(中学校敷地4,000坪含む)を15万円以内で売却することを了承した。」

　「高槻中学校へ4000坪を寄附する経緯」
　当財団法人は本校体育振興の目的を以て、予てより綜合運動場設置を熱望し、多年之が実現に努力し来りたるところ、本校の東南約3町最適の地を選み、地主に其の売却方の交渉をなす。然るに予算額15万に対し、地主側は坪15円乃至20円ならば、売却に応ずること能はずと言い、一時全く停頓の状態に立至れり。／然るに其の間、高槻町民及付近町村に於て、多年の懸案にして熱望せる中学校を礒村氏等の盡力に依り若し設立するを得ば、町は力強く地主を説得せんとの議起り、中学校敷地4000坪を含め合計15,000坪を高医の予算額15万円以内に買収談を強行することとなり、幸に地主も全員之を了承し買収を完了することを得たり。
　仍て高槻中学校創設せらるるに当り、理事会の決議を経て、其の敷地として土地実測面積4000坪の寄附申込をなせり。
　これ一面現下の重大問題たる入学難緩和の一助ともならば、大にしては邦家、小にしては本町、本府の中等教育振興に、聊か貢献するものと信じたればなり。

　　　地主の名前　〈名前の次に、面積<町･段･畝･歩>、価格<円>。なお、但し書きまでが記載文〉
　初代　泰三　　　－･2･9･21　　8,910　／保田　源十郎　－･－･7･11　　1,989
　須川　ヒサエ　　－･－･7･28　 2,142 ／藪　重孝　　－･7･7･0　　 19,866
　岸田　亀次郎　　－･4･2･0　　10,080　／井上　清次郎　－･－･9･15　　2,565
　坂口　義三　　　－･－･9･12 2,538 ／礒村　修次　　－･2･9･1　　 8,710
　礒村　弥右衛門　1･2･8･1　　 44,520
　但し、現大阪医科大学進学課程及び高槻高等学校敷地を包含する。

　なお、おしまいにある礒村修次と礒村弥右衛門(当時、高槻町長）は同一人物で、前者が本名、後者が名跡(みょうせき)という(礒村氏の長男義一氏による)。 ……率先垂範という言葉が思い浮かぶ。

22 建学いや“見学”の精神、その懸隔について（早稲田大学の場合）

　◎早稲田大学の場合
　創立者について…“はじめに大隈(重信)ありき”は、いまも変わらないであろう。

　私の在学中（1962-1965）、早稲田スピリットとか早稲田精神、あるいはワセダ魂などという言葉を耳にした気はするが、私自身ほとんど使ったことがない。運動部関係か応援団、また雄弁会の連中は、しょっちゅう口にしていたのではないかと思う。

　母校は昨年10月20日、創立125周年を迎え、盛大な式典を行った。その模様は校友会雑誌「早稲田学報」第1167号（2008･02）に「特集次世代に向けて―新世紀宣言」として掲載されている。
　その「祝・創立一二五周年／飛躍の第二世紀へ」と題する短い文章に“建学の理念(精神)”について、次のようにある。
　早稲田大学には三つの建学の理念がある。一つは「在野精神」「反骨の精神」を示す「学問の独立」。自主独立の精神を持つ近代的国民の養成を掲げ、権力や時勢に左右されない、科学的な教育・研究を行ってきた。二つ目の理念は「学問の活用」。現実社会で生きる、世界の発展に貢献できる学問である。この理念は安易な実用主義に陥ることなく「進取の精神」として、本学の大きな柱となっている。三つ目は社会を担うリーダーを養成する「模範国民の造就」。グローバリゼーシヨンが進展する現代では豊かな人間性を持った「地球市民の育成」と言い換えられよう。
　いま早稲田は、「現世を忘れぬ久遠の理想」を旨に、グローバルな視野と最先端技術を駆使した教育で、新たな大学改革に邁進している。《無署名》

　ついで、白井克彦早稲田大学総長は、この日のあいさつで、次のように説明している。
　本学の建学の精神は、大隈重信が創立三〇周年の式典で示した「早稲田大学教旨」と呼ばれる理念に集約されています。「学問の独立」、「学問の活用」そして「模範国民の造就」の三つです。大隈重信は、教旨における「模範国民の造就」について、次のように述べています。「個性を尊重し、身家を発達し、国家社会を利済し、併せて広く世界に活動すべき人格を養成せん事を期す」。このように、早稲田大学は建学の精神において既に、日本社会にとどまらず「地球社会に貢献する個の確立」を目指していたのであります。
　本学が生んだ外交官の中に、苦しんでいる他国の一般市民のために命がけで働いた二人の傑出した人物がおります。一人は杉原千畝、第二次世界大戦勃発当時の駐リトアニア大使です。杉原はナチスの弾圧を逃れようとするユダヤ人六〇〇〇人に日本国ビザを発給し、ユダヤ人の亡命を手助けしたことで知られています。近年ではイラクで人道活動を行った外交官、奥克彦が記憶に新しい存在です。二〇〇四年にアメリカがイラクに兵力を投入したのち、日本の自衛隊がまだイラクに派遣される前に、シビリアンとして丸腰でイラクに飛び込んだ奥は、イラクに多くの学校、医療診療所、灌漑用水などを造ることに貢献しましたが、最後にテロリストの凶弾に倒れました。
　日本の外交官の歴史に名を残すこの二人が本学の出身者であったことは、早稲田がどのような人材を育成しようとしてきたかを象徴しています。……

　“造就”という言葉、また「早稲田大学教旨」があることも、今日まで知らなかった。
　思えば、1966年3月、私は母校で開学以来、初めての“卒業式中止”という事態に遭遇した。第二学生会館問題をめぐり、大学と学生が対立したためだが、その後改めて行われた卒業式は25年目のホームカミングデーのときだった。
　やはり、学ぶものと教える側の“懸隔”は大きい。同じように……、（メモ　おわり）

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19“趣意書”は意思表明、立候補の弁に過ぎない

20 設立へ 寄せられた寄付の実態 (1)

21 設立へ 寄せられた寄付の実態 (2)

22 建学いや“見学”の精神、その懸隔について（早稲田大学の場合）

20 設立へ　寄せられた寄付の実態 (1)

21 設立へ　寄せられた寄付の実態 (2)