《74年といえば、結婚した翌年であり、最初の子供が生まれる前の年である。仕事上でも、何かと大変だったころでもある。 書き残したものも少ない……。》
遠慮することは、他人には有難いことかもしれないが、本人にとっては、
つまり自分の、人生にとっては、余り意味のあることではない。
誰も他人のことをかまってくれはしないし、
(尤も他人の立ち入ることのできないものであるが)
それを期待するのは、少し甘えが多い、虫が良すぎる。
善意―これは正常な判断を誤らす以外の何ものでもない。
だが人間はいつも、それにすがっていたいものだ。
この頃、よく眠れない、寝つきは悪くないのだが、とにかく浅い。
変な夢を見る。遠い少年時代の友人が出てきたり、近くの人が出てきたり、
何とも寝覚めのよくないこと、いやなものである、
やがて、雨
じっとこらえていた 涙が
どっと あふれるように
落ちて来た
怪僧ラスプーチン
スターリン(1953年没)
満洲、大連
石油危機で、各テレビ局が深夜の放送を自粛してから、まだ半年ぐらいで、もう危機は去ったというのか?
夜遅くまで放送するという姿勢は、一体どういう考えからなのだろう。
恐らく馬鹿にならない電力消費量だと思う。NHKが全国民の何割かを半強制的に起こしておいて、
テレビをつけさせるのだから…。
いつも気になるのは、日本人の国民性、あるいは主体性というのはどこにあるのか、いや一体そういうものはあるのかどうかということである。
付和雷同、ことなかれ主義、評論家好き、マスコミ享受型、自らの主義主張というのは、いつどのようにして培われるの、不思議でならない。
いつもバスに乗り遅れまいとするだけで、一人歩きも、あるいはバスを乗っ取ることもできない。
(武器を持ち、衆を頼んで乗っ取ることはあるだろうが)"評論家"と称する連中がやすやすと生まれ、
ぬくぬくと生きて行けるわけだ。