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「なぜかコラム」 2010年1月上旬号

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「されど、年賀状…」
 どなた様も、年賀状を出すのは郵政省(いま、郵政公社)の口車に乗せられたわけではなく、年1回の“儀礼”であろうと思う。 私だけではなく、かなりの方が“仕方がなく”とか“年中行事だから”“義理を欠いてはいけないので”または“去年貰ったので”と、 さまざまな思いで書く(いや、出す)のではないかと推察される?!
 もっとも、郵政公社は年々、年賀状の売れ行きが悪くなっているとかで、職員だけでなく、アルバイト生にもノルマを課しているとか。 昨年暮れには金券ショップに大量に流れていたことが発覚している。
 ≪まったく関連のない話だが、私が「世はビデオ」(世間で流行っているもの)と唱えたのは1993年、“有害雑誌”が騒がれていたころで、 そのひそみに倣えば、いまや「世はメール」あるいは「世はケータイ」であろう≫
 ところで、本コラム(2002年1月号)の最初のテーマは「新年明けまして…はめでたいか」であった。次のような次第である。
 貰うのはうれしくても、出すのは面倒? なのが年賀状であるようだ。/今年いただいたものを見ると、表の手書きも少数派になる一方で、 文面はカラフルなものが増えている。しかし、メインタイトル? は「謹賀新年」が圧倒的に多く、ついで「謹んで新春の(新春のお慶びを)」派も多彩に、 「賀正」「迎春」「頌春」「賀春」「初春」「恭賀新年」などと昔ながらの定型組も健在である。 どうして日本人は老いも若きも保守的なのだろう。/ここ数年、私も用いる「新年おめでとう…」や「明け(あけ)まして…」という、 やわらかなご挨拶が増えているのはメデタイが、困ったことに「新年明けまして…」というのが時々ある。 これは「一月元旦」がダブリ表現であるように、「新年」と「明けまして」は同じことを意味するので、ご注意を。 まさか、パソコンの「年賀状ソフト」に入っているということでは……。

「たかが、年賀状…」
 では、この2010年はどうだったか。
 まず、私の場合、近年はメールアドレスをお持ちの方には、できるだけメール(BCC)を利用する。 これは、通信面が同文(つまり印刷文)なのは、ハガキと同じであるという理由からである。 当然、印刷屋に出す方も、年賀ソフトを使ってパソコンで作成する方も、要は“大量”に出す手間が面倒だから、であろうと推測する次第である。
 次に、従来どおり、年賀ハガキを出す相手はパソコン(メールアドレス)をお持ちでないと思われる方である。 内緒で言えば、どうしても“一言”書き足したい、場合もあるが。
 話が長くなってはいけないが、“虚礼”が年々少なくなっているのは目出度いことである(現実は、私がメール多用で、減らす傾向にあるからだろうが)。
 今年いただいたものは、上記(02年)とほぼ変らない状況といえるが、学生時代の友人から、メールで返事が来て、 「(これからは)ゆっくりと・・・・、ていねいに・・・・、暮らしの日々を、といった文面が散見されるようになりました」とあった。 思えば、吾も年をとったものである。
 さて、トピックスの冒頭に「年賀状異聞?!」と書いたのは、8日に届いたもので、オモテにはきちんと私の住所氏名が“印刷”されている。 だれからだろうと、ウラ返してみると、何もない!! 真っ白である。ひっくり返して、オモテを見ると差出人の名前も住所もない?!  発信地はどこかで相手を推測できるかと思い、目を凝らしたが、ご丁寧に消印らしき痕跡はあるものの、“ためらい傷”のように、 ほとんど文字らしきものが読めない。あるのは、切手模様の印刷の下の“年賀2010”のところに、エンピツで斜めにペケ印のつもりか、 斜めに棒線が施してあるだけだ。家人が言うには、あぶり出しではないかとか、きっと“大当たり”だよ、とトラぬタヌキ…の何とかで、という結論に到った次第。 新年早々、お粗末さまでした。

(以上、10年1月11日までの執筆)


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