”書くこと”「新 詩のようなもの」その1

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新 詩のようなもの

               1998年10月  橋本健午

  学生時代(1962年4月〜66年3月)のノートより抜粋

1、最初の十日間(筆名―足良 哲){1962.3.1〜9.14}
2、Искусство для Искусства
  [芸術至上主義]
   (Кзнго Хасимото){62.9.21〜63.3.4}
3、Искусство для Искусства
 (Кзнго Хасимото){63.4.-〜64.4-}
4、(……){64.8.24〜65.4.4}
5、主人公の言葉{65.4.14〜7.22}(筆名―都真美)
6、狂想曲 第六番{65.8.14〜9.4}(都真美)
7、第七のノオト{65.9.4〜11.4}(都真美)
8、きのうの続き{65.11.4〜66.4.2}(雑司が谷にて 橋本健午)

1962年3月、一浪して大阪より上京。東五軒町の学生下宿に泊まり、早稲田大学第一文学部(露文学専修)を受験。 合格ののち、鷺ノ宮のアパートに間借り。5月初旬、早稲田大学田無寮に入寮。
前年秋に完成したこの寮は白い鉄筋4階建てだったが、既に3人の自殺者を出していた。寮費・食費ともに3千円、 ベッド・机・本棚・電気スタンドに風呂はありがたかった。武蔵野の面影を残し、夜にはビール片手に芝生での語らい、 食堂の女性と恋に陥るものも。初アルバイトは、戦争で英語を学べなかったある婦人に、中学生のテキストを使っての家庭教師。 これは恋とは無関係。2年の後期試験の直後、20歳になる直前の同級生が自殺した。彼女についての詩は多い。
1964年春、考えるところがあって、寮を出て、雑司が谷墓地の近くの素人下宿に移る。門限にうるさかったが、卒業までいた。 2階、北向きの洋間にはベッドがあったが、冬には隙間風が容赦なく、銭湯から帰った夜はよく風邪を引いた。

1962年

5/16   分裂−グロテスクなもの!
   "共通の言葉"を持ち得ずに
    祝福すべき"失望の子"の一人に
    打ちのめされ
    あきらめたかと思うと、また立ち上がる

   "特殊"と"天才"は同じで
    いずれも一般人には理解されない
   "凡俗"だ

    望み多きは失望もまた大にして
    生きる目的は死に直結
    誰がために如何なる故に
    日を送る?

    緊張と疲労は
    私を台無しにすること必至
    劣等感の所産−−免れぬべき
   "自己予言"と現実の一致
    関係してくるものは、否応なしに
    無言を強いる

   "元気なやつ"−−あわれに見えるが
    うらやましい
   "ユウウツなやつ"−−同族だが
    ひっぱたいてやりたい……

    とはいえ、ためらいは多分に残る
    なぜなら
    共通の言葉をまだ持ち得ないから

    書きたいとは思うが
    現実はそれを私に許さない
   "偶然"が"運命"で、"運命"が"偶然"で

    愛すべきは"人の子"なのに



6/23   あいびき
    もはやボートも浮かんでいない湖
    名も知らぬ大きな樹木がおおいかぶさる
    そのほとりのベンチで
    夕闇せまるあたりをじっと見る
    水に浮かぶランプの光条
    さざなみは絶え間なく
    優しき風は彼女の頬を愛ずる

    人影まばらな公園の一隅で
    月の出を待つ
    夜の冷気は、それだけに
    二人を和合させる
    静かな夜の語らい
    時に相手を見つめ、時に湖上の月をながめ
    あるいは
    故なく立ち上っては彼女の前で行きつもどりつ

    夜の冷気は容赦なく
    二人を苦しめる
    ぶるぶるふるえる彼女に
    ただ声をかけるのみ
    何事もなし得ない
    それは互いに諒解していたこと

    何ともいえない"別れ"の気持
    思いがけなく手を振った彼女を見たその瞬間
    私の心をおそったものを何と表現しよう?
    これぞ恋といわずにすまされようか



9/21   悪魔排撃
   "悪魔"は排撃する
   "悪魔"に仕える下僕を軽蔑する

    両足で立つ!
    自分自身をのみ信ずる

    自己の存立は"外"にある
   "外"は明るく抱擁的だが
   "内"は醜い泥沼だ

    爛れるような精神の極みは
    肉体とともに滅びよ

    爛熟は生活の基調
    その中にのみ人間の本質は在る
    十全なる構えには た易すく
    後に残るは不幸の兄弟共だ



9/21   作 品
    あいまいは主体性がなく
    どちらでもいいはこれまた弱く

   "星座"には立つこと耐え難く
    名声はおち葉のおもし
    動きがとれず朽ちはてる

    そうなることの無意味さ
    百も承知でいながら
    未練がましくぶらさがる

    そもそも上なるものは
    下なるものより上でなければならぬ

    下はあくまで下の能力しかなく
    上には上の独立が必要だ

    愛は醜く、恋は怠惰だ



9/30   作 品
    正常だと思っているやつは
    恐らく子供か馬鹿であろう

    彼の中に巣くうものこそ
    彼を食いつくすガンなのだ

    自らの存立を悟らなく
    自らの価値を悟らないものは
    生きる屍にしか過ぎない

    我を愛するものは、我に煩わしく…

    人生の肯定は弱き人間の常
    すがりつきたいやつは、ふり落とせ



10/9   愛することの苦しみ
    愛するとはどういうことでしょう
    私は何故に貴女を愛したのだろうか
    あなたの存在が私にどんな無関心を
    装っても
    私には忘れることができないのだ

    あなたは私にあなたのことを
    忘れるようにと言ったのだろうか
    たとえあなたがそう言ったとしても
    私はその時耳をふさいでいたか
    聞こうとしなかったにちがいない
    でも、私はどうしていま現在の状態に
    甘んじている風をしているのだろうか



10/13,14 百面相の女
    百面相をやる女
    酔いどれはいつものことながら
    額に汗して終電に追いすがる
    されど女の性(さが)は
    いささかの疲れも見せず
    ドアのガラスに
    化物のお面をさらし
    その目の行く手は執拗に
    並いる男をなでまわす

    やがてこれぞと思った男を前に
    あからさまなる身振りでもって
    射落とさんものとあがきを始める
    休む暇なく
    ガラスを見てはお面をなぶり
    男の視線を感ずれば
    身をくねらせて獣欲をかりたてる

    だが天なる神はそれほどバカではござらんかった
    押さえがたい欲望の男は
    永年の連れ合いの監視の下
    さすが名うて女も女にや勝てぬ

    勝てぬと知るや−だが女はそれでもあきらめぬ
    近くに来た金も持たぬ若い男に
    やる方なく薄衣(うすぎぬ)の背をもたせかける
    哀れなるかな 女の性(さが)よ



10/20  七歳の詩人 葉子チャンに捧ぐ
    仔鹿のようなすんなりした両の足に
    白いストッキングをあしらって
    君はわが方に飛んで来る

    広々とした桑畑の間をぬって
    君の小さき姿は
    顔一面にえみをたたえて
    風神よりも速く…

    君はわが手をとりて
    野をどこまでもかけ
    君のやわらかき手に握られた
    われはしばし幸福感を味わう

    君が"領地"を説明し
    君が勇気あることを示す
    君の輝く瞳は
    われに無上の喜びを与える

    野を行く道すがら
    君は立ちどまり
   "海の彼方"の詩をつくる
    小さき詩人よ、君のまことの姿は

    涯しない大空の
    太陽の、星の、月のある大宇宙に
    君は行って見たいという
   "海の彼方"はどんなになっているの?

    やがて再び君はかけだす
    わが手はまたも君のものに
    野辺の草木の間を
    共に楽しく語らいながら

    愛くるしき君、いとおしき君
    われもう十年若ければ
    てっきり君に
   "結婚申込み"しただろうに



10/24  早曉の海岸にて
    雨上がりの岸壁にひとりたたずむ
    未だ明けぬ曉を見んものと
    じっと寒さをこらえながら

    初冬の冷え冷えとした早曉
    湾をふちどる小波は音もなく
    足元に寄せて来る

    何も見通せない静けさは あたりの
    人気ない空気に呼応し
    私を何ものからも絶ち切ろうとする

    頭上に灯(あかり)がひとつ
    そばには はげかかった青色の船やボ−トが
    波の間に間にかすかにゆれ動く

    遠くの湾の入口には
    航海の無事を祈る灯台がゆっくりと
    絶え間なく四囲を照らし

    その向かい側には民家の明りが
    小さく三つ四つ 物憂げに
    まわりの闇につつまれている

    寒さはいよいよ
    暖をとる何ものも持たない私を
    きびしくさいなむ

    身にはうすい外套が一枚
    私の両肩を包むのみ
    手足はいつの間にか かじかんでくる

    空腹も手伝って
    わびしさもいっそうひどく
    睡魔はスキを見て私に襲いかかる

    一睡もせずに迎えた朝
    とぼとぼとここまで歩いてきて
    かすかに生のきびしさを知る、足は棒のようだ

    私の背後には松林が
    黒々とどこまでも続き
    今にも私を飲み込む気配を示す

    近くを通るトラックの騒音(ざわめき)は
    私を時々現実に呼びもどす
    そのライトは目もくらむばかりに

    冷えきった岸壁は
    腰を下ろした私の
    心臓までも凍らせる

    まぶたは自然にふさがり
    肉体(からだ)はエビのようにまるく
    うつむいて、ひざを抱く…

    しかし眼はすぐに開く
    夜明けを見逃さないように
    海は一段と明るくなっていく

    間近にせまる夜明け
    鏡のような水面は処どころ
    灰色の空をうつし出す

    雨はもはや落ちる様子もなく
    灯台の光は刻一刻
    にぶりが増してくる

    はるか右手の橋の下から
    一そうの小さな舟がこちらに近づいて来る
    もうこんなに早く仕事に行くのだろうか

    音もしない、人影も見えない
    その舟、暗闇を背にして
    進む姿は無気味な光景だ

    だが何事もなく
    死のように通り過ぎると
    やがて私の視界から消えてしまった

    夜明けの前奏曲は
    またも続く、今度は何そうもの舟が
    一団となって眼の前を横切って行く

    海面はますます明るくなった
    灯台の火は
    忘れられたように白けてくる

    安らかな朝だ
    そしていつもの混濁した世界の
    めざめがもうすぐそこにやって来る



10/28  怪物との対決
   "怪物"は
    容赦なく
    今日も私の前に出没する

    自らの力を信ずるのは勝手だが
    自らの思想が他人(ひと)より勝れているなどと
    考えられたのでは他人(ひと)が迷惑だ

    ましてやそれを押しつけるのは
    いやおせっかいですら鼻についている
    全く怪物以外の何物でもないヤツだ

    その立ち居振る舞いは
    人間の常識を逸脱し
    他人(ひと)のことも考えずに"強制"する

    それが自らの"使命"と考えているのだから
    この"思想の犠牲者"を救えるものは
    誰一人としていないのだ

    カレには愛も個性も関係なく
    いわんや人格など問題ではなく
    ただ要るのはおとなしく"金をはらう機械"だけだ

    文学など眼中になく
    センスは勿論持ち合わせず
    ただ大人を相手に飛びまわっているのが
    カレの本分なのだ

    毎日を
   "麻薬"でその身をすりへらし
   "自ら"はとうの昔に縁を切り

    あるのは ただ
    安っぽいヒロポンだけだ
    ブンなぐってやれ、そんなヤツは
    生かすなんてもっての外だ



10/30,31 しらかべ−白い壁のこと
    一夜のうちに
    七十いくつの裸の
    似たりよったりの肉体を
    どん欲になめつくし

    すでに 何千何百もの
    黄色い肉のかたまりを
    飽かずながめて来た
    白い壁

    直(じか)に踏みつけられるのを
    喜ぶかのように
    キュッキュと奇声を発し

    ぬるま湯の その下の
    青白いタイルの底は
    これまた冷たく
    裸体をあおぎ見る

    水は垢や汚辱や
    人間の醜悪なもの一切を
    ぬぐい去るかのように
    気前よく流れ去る

    そして人が安堵の胸を
    なでおろすとき
    冷えきった湯は
    人間の恥のかたまりを

    そこここに浮べている
    やがて終りに近づくと
    さすがにやつれはてた額には
    でっかい水泡そうのような脂汗
    ぽたぽた落ちては
    人をふるえ上がらせる

    やつれた顔は見る影もなく
    眼ははれぼったく
    開けていることさえ困難だ

    間に挟まれた
    お目出たき人間どもは
    罪なくはしゃぎまわって
    鏡にうつる自らの肉体に
    うっとりとする

    だが
    不気味な白壁の
    あくことない表情は
    何一つ見逃すものの
    ないことを物語っている



11/7   林檎のような…
    お前は何と
    魅力的なのだろう
    お前の紅い唇
    お前の健康そうな両の頬

    お前のむっちりして
    はちきれそうな肉体
    お前の豊かな胸のふくらみ
    お前のしっとりと濡れた裸体

    いつも眼を閉じて
    静かに私を待つお前
    ああそんなお前を
    私はすっかり食べてしまいたい
    お前は私のものになるのだから

    私はお前の
    白い裸体が欲しい
    林檎のように
    羞らいで薄紅に
    ほてったお前の体が

    お前は
    何とすばらしいのだろう
    お前は…
    私はお前の
    すべてが欲しいのだ



11/22  その時、彼は"地獄の季節"を書いたんだってね
    未だ誰にも話さなかったけれど
    私には一人の女友だちがあった
   "恋人"と言ってもいいかも知れぬ
    とに角、人々からたいへん仲がいいと
    言われていたくらいだ

    今は朝だ
    彼女はまたも私を訪ねてくれて
    ご機嫌いかがと言った
    私はその時まだ床の中で寝ていたのだ

    彼女を知ったのは何時、何処でだか
    もうさっぱり忘れてしまった
    そんなことはどうだっていいのだ

    彼女はきれいだったし、何にもまして
    世才に長けていた
    それは私の無知を補うのに
    大変役だった、彼女は献身的だった

    彼女は芸術を愛好した
    それは私の趣味と一致して
    すこぶる話題が豊富だった

    私は睡眠不足で頭が重たかったが
    彼女に心配させないように
    だまっていた

    もう午後になった
    彼女はまたも私を訪ねてくれて
    ご機嫌いかがと言った
    私はその時めずらしく読書していたのだ

    彼女が私をひきつけたのは
    彼女が美しく肉感的だったからだ

    彼女とは何度も逢引したし
    楽しい時を過ごしもした

    私は口のまわりをケガして
    不格好にバンソウコウをはって
    何もしゃべれない時に
    彼女の饒舌はますます磨きがかかった
    私は彼女を少々もてあました

    私は時々寒気を感じたが
    彼女の気分を害さないように
    だまっていた

    ああ、もう夜になった
    時は何と早く過ぎることだろう
    彼女はまたも私を訪ねてくれて
    ご機嫌いかがと言った
    私はその時いつものくせで
    思索にふけっていた

    夜は悪魔だ−私にはそんな予感がした
    彼女は部屋に入ってくるや直ぐに
    私に結婚してくれと言った
    そうすれば二人は一緒に行動するし
    二人のお金を共同で使えるからと
    だが私たちの持っているお金は同額ではなかった
    私は金銭的なことでわずらわされるのが
    たまらなくいやだった

    他のことは許せても、その苦痛だけは
    耐えがたかった
    また、その彼女のあつかましさにもイヤ気がさした

    しばらく彼女を見ていて、ある事実に気がつき
    私は戦慄を感じた
    彼女には"影"がないのだ
    私にも他の事物にも影があるのに
    彼女は"影"を持っていないのだ

    私は夜まで彼女が
    そんな恐ろしい不気味な存在だとは
    夢にも思わなかった
    私はそこに彼女の本性を
    見たような気がした

    ……私はどうして、この"影"を持たない
    人間を愛することができよう

    私は当然、彼女を捨てた



11/?   釈 明
    親友の心の上に
    行き交う幸福

    その胸にもたれて長く
    泣きたい気持

    その人に半ば小声で
    語る欲望

    何の目的もなく
    一緒にいたい夢

    自らの不幸を関知せず

    飽きることなく
    無駄口をたたく 君の前で

    心にもない
    わが偽りの言葉…

    それでも君は微笑んでいた



12/1   断片1
    君の輝く瞳は
    曇りを知らぬ宝石

    何時も大きく見開いた
    その眼は
    天網のように厳しく

    小さき身体は
    高貴な精神の固まりのように

    きゃしゃに見えても
    戦車のように頑丈で

    大地を独り飛びまわる



12/1   断片2
    君の唯一の恋人は
    かの雄々しき神だった

    だが君が彼を捨てたのは
    彼が君にとっての
   "神"ではなかったからだ



12/25  精神分裂症の現実
    われとわが身が悲しくなった

    ただこれだけの感想をもらすために
    ここまで来るとは

    自らの愚かさを……
    高価な話だ

    頭がぼんやり
    腐っているのはすべての内臓物

    ひとり悲しんでいる
    ひとりで悲しんでいる

    人を待つようで…
    その実 来るあてもない

    期待するのは愚かな話だ

    現実って
    こんなに冷酷なんだ
    今の私にとっては

    ひとりの男は
    来て そして去った
    始めから不機嫌に

    招かれざる客
    何故に悲しもう

    ひとり去り ふたり
    去り もう一人の友は
    何時来るのやら

    女の子はひとりも 来ない

    障害があまりにも美事に
    私を邪魔する

    ……………

    下手くそな
    聖歌が聞こえる

    ひとり沈んでいる私
    おお幸福の申し子よ



1963年

1/27  ある女に返事を書いていたときだ
    実にもどかしく
    さっぱり先に進まない自分の姿を見て
    泣き出したくなった位だ

    何故私は今そんなことで
    苦しまなければならないのかと
    それにあさましさも
    人並以上なんだ まさにその通り

    落ちているものは小石一つもない
    あるとしたら、昼間そこに宿った
    影だけだ

    そうだ 影なんだ
    私が今 空虚に追い求めているのは
    そしてそれはどこにもないものなのだ

    これもやっぱり 現実という名の
    怪物の……



     夜富士
    ある月が煌々と照り、満天が無数の
    星くずで覆われていた夜

    雑踏と喧騒の都心から逃れて

    すがすが清々しい夜気と静かな田舎道を
    ひとり帰路についていたとき

    寄宿寮の左上方 はるかに遠く
    薄ぼんやりとした山を見た

    歩くたびに不安げなその姿は
    やがて私の中で変ぼうする

    白銀の衣装を身にまとい
    月の光をからだいっぱいに浴びて
    きらびやかに
    さながら舞踏会の花のよう

    取りまき連中はその存在も忘れられ
    彼女は誇らしげに立ちまわる
    あふれる微笑は惜しげもなくふりまかれ
    そのきゃしゃな手に持つ水差しからは
    美酒が止めどもなくしたたり落ちる……



2/21   或る日の80分
    物憂げ女
    尻の線を−お見事な!−
    あかず眺めて……
    オレのモダンとはそんなものさ

    二人の男に
      一人の女
    いかれているのは
      Aの男
    この一時だけ
      眼をつぶってりゃいいのよ −<女>
    モダンは
      スープかデザートね

    見事だね
    あの緋い服、あのあかいヒール
    それにあの赤いネックレス
      おまけに乳房がでっかくて
      胴が長いときてらあ
      おっとどっこい鼻はノーマンだね (Norman)

    心もち
      お腹が出て来たね
    年令かな?
      まだ若いわよ
    上眼使いやがって!
     <にらめっこだったら負けるもんか>
    冗談じゃない
      こっちはまだ処女だぜ

    続々と来るね
      店の女が−バカみたいな−
    時間だよ
      いよいよ
   "夜の部"が始まるね
    じゃ子供は
      おとなしく帰ろうか



3/5   匂える杉の小枝
    深雪の上で、子供たちと
      戯れていたとき

    彼女は私に杉の小枝を
      そっと渡した

    悪戯されて雪の中に落ちたとき
      私は恥じらう彼女に手をかした

    あるとき彼女はやさしく
      雪の道案内をしてくれた

    後ろをふり向いては
      遅れて来る私に励ましの
      微笑を投げかけた

    私はそんな彼女を
      愛撫したいといつも思っていた



5/6   贈り物
    唯ひとり
    心の安らぎを覚えながら
    飽くことなく いつまでも眺める

    そこここに 愛する人の
    血が通い ぬくもりを持ち
    やわらかく私を包む

    その愛しき肌触りは
    あの女性の胸の高まり

    接吻の味もさわやかに
    雨降るごとく−−



5/14   妖精の出現
    自然のとても好きな
    女の子がいた

    まだ名も知らないのだけれど…

    若葉繁る武蔵野の
    林に中に 彫像の如く
    そっと置いたら−−
    樹々の時ならぬざわめきが起り
    あたりの静けさを乱すであろう

    彼女が歩き出せば−−
    そこここから
    草葉の私語が洩れて来るであろう

    木の間隠れに その姿を見たら−−
    小鳥や野うさぎたちは
    妖精の出現と
    はしゃぎまわるであろう



5/18  美しい顔をもった
    女になろうとしている少女の
    口から飛び出すものが
    単なる政治的意見だけであったら
    彼女に失望するものが
    何と多いことか
    女であることの拒否が
    どれほど彼女らを
    魅力うすいものにしているかを
    彼女らは気づいているのだろうか



     少女―あこがれ
    スカートの下から
    無造作に投げ出された
    少女の白い脚は
    まだあどけないその顔のようだ

    男を意識しない
    その無防備の姿は
    何の感興も呼ばないかわりに
    なにものをも寄せつけない

    観念の上で どれほど
    思慮深く賢明であろうとも

    彼女はやはり女ではなくて
    少女だ
    決して永くは続かない 一回限りの



6/12   無 題
    その頃 すべては好調だった
    精神的にも肉体的にも

    だが半年後の今は……

    雨が執拗に降り続く
    決して止むことなく しかも決して
    激しくならず
    大地は じめじめとして乾かず

    心の中までカビが生える
    疲労と倦怠の日々

    夢もなく希望もなく
    眼の前の快楽も面倒くさく
    すべてを横目に見ながら
    対象の行き過ぎるのを
    冷やヽかに見送る

    今日もまた雨が降り
    カビはいたずらに拡がりを増す

その2へ続く。


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