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書評…岡村敬二著『満洲出版史』吉川弘文館 について

戦前の植民地“滿洲”の出版事情

 のっけから私事で恐縮だが、本書2ページ目にある「書光」を「書香」と勘違いしてしまった。 この正月半ば、わが父八五郎が戦前、長く編集人を勤めた滿鐵各圖書館報「書香」と睨めっこしていたからであろう。
 それはさておき、この『満洲出版史』は大部な研究書で、私のような非アカデミック系には、とても太刀打ちできない労作に、まず敬意を表したい。
 著者は“満洲出版”事情の研究家で、これまでに『遺された蔵書―満鉄図書館・海外日本図書館の歴史』(阿吽社)、 『江戸の蔵書家たち』(講談社選書メチエ)、『「満洲国」資料集積機関概観』(不二出版)、『日満文化協会の歴史―草創期を中心に』(私家版)等の著作がある。
 さて「序章 満洲出版史研究の現在」に始まり「第一章 関東都督府から満洲国建国まで(第一期・第二期)」、「第二章 満洲国草創期の出版統制(第三期)」、 「第三章 出版事業の高まりと出版諸団体の成立(第四期)」、「第四章 弘報処成立と文化統制、終戦(第五期)」に、涙なくして読めない「終章 蔵書の命運」とあり、 全体の三分の一を占める資料編を含め、およそ340ページの大著である。
 「序章」では、滿洲の出版史として“出版の形態だけでなく、出版後の集積・保存・継承の総過程”を取扱い、第一章では満鉄が鉄道事業を始め、 炭鉱や鉄鋼などの各種機関工業や商事、保険など、そして調査部など調査機関の設置などについて触れ、 “国家とまではいわずとも独立した地域の行政体としての役割を果たした”という。 したがって、初等教育から大学までの教育機関や、図書館等の運営にも積極的で、社則第五号により図書閲覧場規定が制定された、とある。
 先述の「書香」第1号(昭和4年4月発行)によれば、明治43年11月の瓦房点・大石橋・公主嶺・遼陽・奉天・長春の6図書館の設立を皮切りに、 翌年1月には鐵嶺・安東の2館など明治年間で9館、大正では元年11月の開原はじめ7年1月の大連図書館など13館、昭和2年に1館の計23館が満鉄図書館グループであった。
 本(書籍)は通常、著者→出版者(出版社)→印刷会社→取次会社(流通あるいは配給業者)→書店等を経て読者の手にわたる。 日本でも、いわゆる出版社が発行するほか政府や企業・団体、あるいは個人も含め様々な出版者が出版活動を行っている。
 一方、出版物を取り締まる“官憲”の威力は滿洲の場合も同様で、政府にとって都合の悪いものが発売禁止になるなどかなり制約されていた。 1931年9月の満州事変の影響か、翌年に「出版法」が制定された(出版物:新聞紙・雑誌・普通出版物)。
 それらの掲載禁止事項は、国家組織の大綱を不法に変革しまた国家存立の基礎を危殆させる事項、外交や軍事上の機密に関する事項、 国交上に重大な影響を及ぼすおそれのある事項など8項目である。 そして、翌32年3月、日本は満洲国を成立させた(同年6月、日本では警視庁に特高警察部を新設)。 なお、この年5・15事件が起こっている。その前、流行歌「暗い日曜日」は自殺や心中ムードを刺激すると発売禁止に。 これは世界的な“事件”となっていた。
 33年7月内務省は出版検閲制度を改革し、出版警察制度を拡充し、左右両翼取締りを強化。 9月には思想取締方策具体案を閣議決定とある。
 では、滿洲ではどうだったか。時系列的、かつ詳細な報告が綴られている本書を、ぜひ手に取っていただきたい。

≪参考≫★はしもと・けんご/1942年大連生まれ/早大第一文学部卒/ノンフィクション作家/著書「父は祖国を売ったか-もう一つの日韓関係-」1982日本経済評論社/「梶山季之」1997同前/「バーコードへの挑戦」1998同前/「雑誌出版ガイドブック」2000日本エディタースクール出版部/「有害図書と青少年問題」2002明石書店/「発禁・わいせつ・知る権利と規制の変遷-出版年表-」2005出版メディアパルなど。
<若年のころ作家梶山季之の助手を8年半務める/貴紙(1997・9・5号)で、拙著『梶山季之』が書評される>


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