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「ミニ自分史」(58)「父の教育」

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 子供のころ、からだが柔らかく、サーカスに売られても、やっていけるのではないかと、冗談に言われていた私だが、 それほど器用だと思ったことはない。
 小学校から高校にかけて、ソフトボールでは左右どちらでも打つことができた。また、かなづちで釘を打つときなど、 打ち込む場所によって、かなづちを右左に持ちかえて打つことができ、羨ましがられたこともある。
 右利きの人から、器用に見られるのは、彼らの多くが右利き主流の生活を当然のこととしているのに対し、われら左ギッチョは、 そのハンディを乗り越えるべく努力したがゆえに、器用に見えるだけではないのかと。
 しかし、鉛筆や箸を持つのは右手である。左利きというより、両手利きといったほうがよいかもしれない。 右手で持つように教えられたのは、明治生まれの教師だった父からである。厳格なしつけというより、日常生活における最低限のルールというものであったのだろう。
 他に、玄関で靴などを脱いで上がる時、自宅でも他人の家でも、脱いだものを逆向けに揃えることも教わった。 つまり、履いてきたままではなく、かかと側を揃えるもので、これは今でも習慣になっている。
 長幼の序についても、そうである。目上(年長者)を敬うのは当然であるし、女性や子ども、そしてハンディのある人など"弱者"への対応も、 長じて自ら身につけることができた。
 そして、気づいたことは、人ばかりでなく、何に対しても必要なのは"優しさ"ではないかということである。 おかげで、赤ちゃんは泣かない・犬は吠えない・ハトは飛び立たない、ということに気がついた。 一方、私は(人間の)若者や大人には軽く見られているようだ。
 そんな私はあるときから「自分を中心に据えるから腹が立つのだ」(92・1・4)、「愚直/中庸」(92・1・*)、 「自ら求めて/得るものは少なく/失うものは多い」(92・1・16)などと言葉を書きつけてきた。
 「石ころや/子犬からも/学ぶことができる」という"格言"を思いついたのは20代の頃であった。
 昨今では、年齢身分の上下に関係なく、だれに対しても、より丁寧な言葉遣いを心がけている。 これは、年とともに、ぞんざいに、あるいは尊大に見られないことが肝心だと思うからである。

(2007.09.25記す)


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