ひたすらコラム目次

「ひたすらコラム」 2006年10月上旬号

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「美しい国・考」
 自画自賛したい気持ちはだれにでもあるだろうが、演説の冒頭に、「戦後生まれ初の首相」などと、自ら言うものではないだろう。 たまたま、彼がそうなっただけの話ではないか。
 10月5日付の「安倍内閣メールマガジン(創刊準備号)」は、題して「[こんにちは、安倍晋三です]●「美しい国創り内閣」の発足」とある。 そして、ここでも「戦後生まれ初の総理として、重責を与えられたことに身のひきしまる思いです。」といっているが、"戦後生まれ初"でなければ、どうでもいいのかしらん?!
 すでに、彼の発言は内容が空疎という評価がもっぱらであるが、このメルマガは創刊準備号という割には冗舌で、 やはり言葉が美しいだけ、という印象は否めない。
 何をもって"美しい国"とするのか、お手並み拝見だが、これまでの日本は"醜い国"だったのでしょうね。 たぶん、アメリカを主体とする占領軍のおかげで!!
 その占領軍のせいで制定された新憲法や教育基本法は時代にそぐわないから、改正しなければならないという論理は多くの国民には、 もっともらしく聞こえるだろうが、首相たるもの、正直にホンネを言ったらどうか。 すなわち、日本をアメリカに保護されつつ"戦争のできる国にするため"若者を戦場に行かせるため"の改正であると。
 それが証拠に、前のコイズミといい、アベといい、いわばアメリカ一辺倒の御仁ではないか。
 その昔、ノーベル文学賞を受賞した作家の川端康成は、授賞講演の演題を「美しい日本の私」としていたが、 これは点(、)の打ち方一つで、二つの意味に取れる。すなわち「美しい、日本の私」と「美しい日本の、私」である。
 国民としては、アベがどこで点を打つか、よく見守らなければならないが、ヨン様から始まった韓流ブームは、この夏、 とつじょ「ハンカチ王子」に転向したぐらいだから、どちらに転んでも、何の痛痒も感じないか、おとなしい日本の私たちは?!
 《なお、「美しい国」=「美国(アメリカ)」については、本コラムの前号(06・9・26)「自ら、神話を創る?」をご覧下さい》

「奉仕も、ボランティアも」
 も一つ、安倍内閣の進める教育改革、これも大変であるぞヨ。
 「新内閣」のつもりで、キーボードをたたくと、「晋(三)内閣」と出てくるではないか、私のパソコンは。 持ち主の知らないうちに、機械は勝手に晋三"シンパ"になっていたとは?!
 そのアベ君が、「ボランティアを義務化、つまり強制する」と、その「教育再生」で掲げたという。 これより早く、東京都では来年度から全都立高校で1単位年間35時間の「奉仕」が必修となるそうだ。
 ボランティア(Voluteer)とはラテン語で、自由意志を意味するそうだが、"自由意志"と"義務"は、最も矛盾するであろうに。 一方、サービス(service、奉仕・貢献)とはサーブ(serve)からきた言葉で、もとキリスト教の用語で「神に使える」「服従する」であるとか、 公務員が公僕たるゆえんの「勤める」ことなどから、「(人が人に)仕える」「奉仕する」ということになったのであろう。
 したがって、サーバント(servant)は「召使い」や「公務員」を指すが、住民にまともにサービスをしない公務員が、 子供たち(高校生)に奉仕を強要するとはどういう了見なのだろうか。
 サービス残業という言葉がある。子供たちの親である多くのサラリーマンは、集団で訴訟の結果、残業代を支払われるケースもあったが、 かなり前から残業代を支払われない生活を送らされているではないか(注)。
 子供たちを今のうちから洗脳しようというのか。戦前の学徒動員を思い出させ、かつ、ドイツなどでは国家奉仕の中に兵役が含まれる。 いずれ徴兵制につながっていくのではと、アベ君の著書の記述から、それが窺えると危惧する声もある(東京06・10・05)。
 しかし、本当にコワイのは、格差を感じる一方で、右傾化し、無批判にコイズミやアべを支持する若者たちがブログで仲間を募り、 共感し、それが世論だと思うだけでなく、よく考えもせずに選挙権を行使することである。
 《わが「からむコラム」「ボランティアとは"他発的"なもの?」(2002・3・19)をご参照あれ》
 (注)asahi.com「不払い残業」正社員の4割超 労働政策研機構調査(06・07・14)によると、「正社員の4割超が「不払い残業」をしており、 平均で月約35時間にのぼ」り、それは「残業自体の多い30〜40代に目立ち、20〜30代の男性を中心に転職希望も強かった」そうだ (05年8,9月の調査、20〜50代の正社員2000人と配偶者約1300人を対象に同年6月1カ月の残業の状況などを聞き、約8割から回答を得た由)。

「カミさん、孝行?!」
 8日、久しぶりに、カミさんに誘われて、横浜に行ってきた。ドイツビールがただで飲める、そのかわり星野冨弘の「花の詩画展」をつきあって、というお誘いで。
 ところが、みなとみらい駅で降りると、ランドマークタワー(273m、69階)にのぼろうよ、という。 高いところは好みではなく、東京タワーでさえのぼったことのない私は"牛に牽かれて善光寺参り"の心境であったが…。 いやあ、東西南北どこから見ても、すばらしい眺めでした。海も静か、東京とちがって建物は乱雑ではなく、 富士山もわがベランダより大きく見え、若いカップルの「今日は天気がよいから、遠くまではっきり見える」に納得。 カミさんに「日ごろの行いがよいからですね」とお世辞の一つも、自然に口から出る…。
 さて、お目当てのドイツビールは、「横浜オクトーバーフェスト2006in赤レンガ倉庫」という今年で4回目の催しだとか。 1時半ごろにいってみると、大テント(400人収容)の内も外も、大勢の男女や家族連れであふれている。 その内そとを、アワ立つ、あるいはカラのジョッキを両手に行きかう人は引きも切らず…。 "ただ"というのは、カミさんのカン違いで、「花の詩画展」のほうであった。
 同じ並ぶのも、レンガ館の日陰になったところで、待つこと約30分。一回に25人ずつ入場を許される仕組み。 ヒマな私は当てずっぽうに、5回目のトップで入場というと、その通りになって、カミさんを驚かせたけれど、 ご褒美は手持ちの小さな最中一個であった。
 冨弘の絵よりも詩が好きというカミさんと離れ離れになりながら、詩を読んでいたら一時間以上かかるという館内を巡った。
 103点の原画は、主に草花を描き、それに言葉を添える。人は、何によって才能を開花させ、また生きる力を得るのか、 本人の努力と周りの人、とくに家族の支えは必要だ…という、ありきたりな結論に至るのか。
 これら原画に接しながら、多くの人は感銘を受けるのだろう。見終わったあとには、英語版を含めた大量の本やCD、 彼の絵になる絵はがき、カレンダーが置かれたコーナーにまた、人々は並ぶ。中には「新約聖書」もある、何故か? 表紙が彼の絵だからのようだが、商魂もまた"贖罪"なのかしらん?!
 まだ、日は高く、ドイツビールだけでなく、隣のレンガ館のビヤホールも繁盛している。しかし、このような人込みに疲れた、 私はすでに戦意喪失である。
 駅に向かう途中、かつての(船の建造などをする)ドックを利用した、底の深いドックパークとやらでは、 学生たち?のジャズ演奏があり、またにドイツ人9人に旗振りおばさんの"軍楽隊"などを、その上に架かった橋の上から高みの見物。まず、まずであった。
 思えばドイツビールなんぞ、かの大阪万博(1970年)で、人気がないのか並ばずに入れた「ドイツ館」で飲んだではないかと、 われとわが身を慰めつつ、みなとみらい駅に向かい、何とかビル内の回転寿司屋で、ようやく日本のビールにありつく。 少し、苦かったが…。

(以上、06年10月10日までの執筆)


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