”書くこと”−北海道新聞・日曜版〔ほん〕欄「目・耳・口」

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"幻の"第14回分     


1990・12・9〜1991・3・10(筆名「游」、連載13回)

1)発行日・締め切り日(90・12・9)

 まだ12月なのに、雑誌には1月号とか新年号の表示がある。週刊誌もずいぶん先の日付になっているのはどうしてだろう。
 けさ配達された新聞は、きょうの日付になっているのに、と疑問がわく。
 本紙のような地域紙、また全国紙でも4本社制などと、比較的地域に密着し、印刷所ももっている新聞に比べ、 雑誌出版社はほとんど東京に集中している。
 毎号、大日本やトッパン等で印刷、製本所で製本され、東販(現トーハン)、日販などの取次を通して、 全国の書店やキオスク、コンビニ店に配送され、読者の手にわたる。
 新聞が全部自前でやっているとすれば、雑誌(書籍も同じ)は役割分担がはっきりしている。 小規模でできるが、そのかわり時間がかかる。
 そこで、出版社は発売日から逆算して、テーマを決め、取材や執筆の依頼、それらの締め切り日を決め、 原稿を印刷所に入れる。
 1冊の雑誌でも、グラビアの締め切りはかなり早いが、ニュースなどは締め切りぎりぎりまで粘って書く。 最後は出張校正といって、編集部員や校正者が印刷所へ行き、ゲラ(校正紙)に目を通して校了にする。
 このように、書店などに並べられたとき、いかにも今できたばかりという印象を与える苦労をしているが、 読者に届くのは早くて2日目である。
 また、配送に2日、3日とかかる地域もある。しかし、読者からすれば、きょう買った雑誌が、 なんとなく古く感じるのでは読む気がしなくなるだろう。
 やむを得ず、発行日(月号表示)の先付けとなるわけだが、週刊誌は15日まで、月刊誌は40日先までとされている。
 一方、新聞は速報性が身上で、最終版の締め切りは朝刊が午前1時ごろ、夕刊は正午すぎだが、 このコラムのように5日前というものもある。

2)「編プロ」の役割(90・12・16)

 料理の本は昔からたくさんあった。
 日本料理や国別の料理、村上信夫氏に代表されるホテル料理、素材中心のものから、おばあちゃんの味まで、 内容も筆者も多種多様である。
 「NHKきょうの料理」や「レタスクラブ」「オレンジページ」などの雑誌は、いかにもおいしそうに編集され、 女性週刊誌では"リメイク料理 残ったおかず大変身!"などの小特集もある。
 本屋をのぞくと、ダイエット関係が多いが、「○○病を治す365日の献立集」などと、美容と健康にも気配りを見せている。
 以前は「聡明な女は料理がうまい」などと、これぐらい出来なければ、賢くないと、 女性を落ち込ませるようなものがあったが、今や若い人を中心にDINKS(ディンクス、共働き、子供なし)の時代。
 包丁のない家庭が7割というデータは、すでに10年ぐらい前の話。
 2人で外食するか、スーパーで出来合いのものを買ったり、電子レンジでチン!が当たり前なのに、料理の情報があふれている。 それだけ需要があるのだろう。
 わが家にも「おふくろの味定番メニュー」「ダイエット弁当とおかず」などがあり、きれいな写真に説明も分かりやすく、 男の私でもやってみようかな、という気が起こる。
 ところで、これらの本(や雑誌)には、著者のほか、スタッフに多くの人が携わっている。 とくに原稿を書いたり、材料を集めたり、取材をする協力者がいないと、これだけ立派なものは短時間では出来ない。
 ちかごろは編集者ではない、社外の人が協力する"編集プロダクション(編プロ)"の存在が大きく、 料理本の場合は主婦たちのグループが活躍するという。
 家庭を大事にする主婦は料理をはじめ、家事をしながら自分を生かすスベを心得ている。包丁さばきはお手のものだろう。

3)ペンネーム(90・12・23)

 昨年亡くなった色川武大氏は、阿佐田哲也の名前でマージャン小説を書いていたが、 由来は「また"朝だ、徹夜"してしまった」から。
 江戸時代の浮世絵師東洲斎写楽は"しゃらくせい"から、二葉亭四迷は"くたばってしめえ"からのように、 昔からモジリはあった。
 江戸川乱歩はエドガー・アラン・ポーの名から、大宅壮一は一時"猿取哲"(哲学者サルトル)。 また、現代作家では"社の用"から付けた佐野洋氏。
 作家に限らず芸術家には立派な名前の人が多いが、たとえば明治の文豪夏目漱石は金之助、森鴎外は林太郎が本名である。
 小泉八雲の本名は、ラフカディオ・ハーン(イギリス人、日本に帰化)で、日本人女性と結婚して改姓したもの。
 二束のわらじ組では、作家尾辻克彦氏(別名・赤瀬川源平、画家)、詩人辻井喬(本名・堤清二氏、財界人)らがいる。
 昭和初期に活躍した長谷川海太郎は、牧逸馬、林不忘、谷譲次の名で、推理小説、「丹下左膳」などの時代物、 「テキサス無宿」などのめりけん・じゃっぷもの、と書き分けていた。
 なかには、舞台美術家妹尾河童(せのお・かっぱ)のように、本名を変えてしまった人もいるし、 週刊新潮に連載のヤン・デンマンや「日本人とユダヤ人」のイザヤ・ベンダサン(いざや便出さん?)はいまだに正体不明である。
 今は一般の間でもペンネームあるいは匿名ばやりで、若い人はラジオ番組へのメッセージに愉快な名をつけ、 大人も新聞の投書など名を隠して本音をしゃべることが多くなった。
 作家の豊田有恒氏は、あるとき"匿名希望"の脅迫状を受け取って、面食らったという。 変身願望か?"仮面"をかぶれば、いつもと違った"人格"になれるのだろうが、時と場合による。

4)差別意識(91・1・6)

 2,3年前、「ちびくろサンボ」は人種差別の本だと抗議されると、岩波書店をはじめ多くの出版社が、 発売中止や絶版という処置をとった。
 また、一昨年亡くなった手塚治虫の作品も多く出版されているが、名作「ジャングル大帝」などに描かれている黒人が、 やはり人種差別的だとして、手塚プロはじめ出版社数社に抗議がきたという。
 昨年10月、長野市では冬季五輪を招致するため、家庭や幼稚園、図書館などへ、 「ちびくろサンボ」を焼却するよう"命令"を出していた。 同県には差別を助長するような絵本などないといいたかったのだろうが、1週間後には行き過ぎだと撤回した。
 また、「ほたるこい」などの童謡のなかには、歌詞の一部にある地方・地域を特定する差別的表現があるとも指摘されているという。
 人は往々にして、言葉によって、他人を傷つけることがある。悪口、陰口、告げ口、中傷誹謗などは意識的なもので、 言うにはそれなりの覚悟があるだろう。
 しかし、"意識せずに言った"ほうが罪深いのではないか。一例を上げれば、昨年、新宿の盛り場を視察して、 そこで働く外国人労働者を「クロがシロを追い出す」と譬えて、アメリカでも黒人差別だと物議をかもした法務大臣がいた。
 日本国憲法(第14条)では「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、 政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」とあるが、現実の世の中は、ほとんどこれの裏返しであろう。 それぐらい"差別意識"をなくすのは難しいということだろうか。
 一方、アメリカでは「赤ずきん」が、小学生には教育的によくないと、教科書から削除されるかもしれないという。 おばあさんの見舞いに子どもがワインを持っていくのは、未成年者にアルコールは相応しくないという理由からだそうだ。
 いずこも"教育熱心"にかわりはないが、差があるのも事実だ。

5)弁護士一家ら致事件(91・1・13)

 平成元(1989)年11月3日、横浜の坂本堤弁護士一家3人が何ものかに拉致され、1年以上たった今も手掛かりがなく、 その生死も分からない。
 弁護士業務に関わる拉致事件として、地元をはじめ全国の弁護士仲間が救う会を結成し救出活動をつづけ、 ついに有力情報に懸賞金を出すことになった。
 もちろん、坂本さん夫婦の親たちも東奔西走し、新聞・テレビや雑誌などマスコミもたびたび報道し、 救出の協力を呼びかけている。
 さまざまな事件を担当していたとはいえ、平和な家庭生活を営んでいた若い弁護士一家が、多くのナゾを残したまま、 こつぜんと消えた。警察の捜索もはかどらない。
 家族、知人の心痛は計り知れないが、「仔山羊の歌もういちど」(頸文社)という、 坂本弁護士の母親さちよさんの手記・日記を中心にした本が出版されたのは昨年12月である。
 内容は▽第1部「手記 仔山羊の歌もういちど」/日記 怒りと悲しみ 涙の三六五日(平成元年11月23日〜平成2年11月5日) ▽第2部「"真相" 坂本堤弁護士事件追跡ドキュメント―神奈川新聞社会部取材班」 ▽第3部「事実調査報告書/救出活動報告(その1)―弁護士会」という構成。
 母親の手記は、堤弁護士の子どものころ、弱いものの味方になろうと東大法学部へ、学生時代のボランタリー活動、 それを通じて知り合った都子さんとの新婚生活と長男の誕生などを含め、事件後についても実に淡々と綴られている。
 また、昨年7月、ご主人が勤め先の工場で事故に遭い再起不能となるが、度重なる不幸にも、人を恨まず、 一から出直そうとする力は素晴らしい。
 一方、新聞社の"ドキュメントもの"は通常の記事とちがって、しばらく後になって何回か連載されるためか、 他人なのにいささか感情移入が見られる。本来なら逆であろう。
 いずれにしても、この異常な事件が一日も早く解決することを望む。

6)42万点(91・1・20)

 欲しい本がなかなか手に入らない。注文しても日にちがかかりすぎる。新刊はともかく、数年前のものなど、 実際に出版社にあるのか、ないのか。
 近所の本屋に聞いても、的確な答えが返ってこない、という経験は誰にもあるだろう。 しかし、流通事情を別にすれば、いくつかの不満は解消できる方法もある…。
 「日本書籍総目録」(日本書籍出版協会発行)をご存知だろうか。 この1990年版(6月刊行)には、現在日本で入手可能な書籍42万2,000点余が掲載されている。 出版社は5,650を数え、その連絡先も載っている。
 既刊の本を調べたいとき、ある作家、著者の過去の作品や著作を知りたいときなど、大いに役立つ。 ただし、書名編(1)(2)と索引編の3巻セット、46,350円は、個人にとっては高価すぎる。 近くの図書館を利用するとよいだろう。
 新刊案内としては書店向けに東販(現トーハン)、日販など取次会社が出す「週報」があるが、 書籍については「これから出る本」("これ本")が便利である。 出版社がそれぞれ宣伝する近刊情報で、毎月上旬、下旬の2回、どこの書店でも無料で配られているはずだ (日本書籍出版協会発行)。
 さて、89年1年間に発行された新刊書は、3万9,698点にのぼり、前年に比べて、1,401点も増えている。
 点数別に見ると、1)講談社1,287点、2)徳間書店591、3)角川書店589、4)岩波書店449、5)集英社436、 6)ぎょうせい434、7)ハーレクイン433、8)新潮社389、9)文藝春秋365、10)光文社346。 このほか、年間100点以上の出版社は65社もある。
 しかし、出版社はそれぞれに特色をもっており、優劣はつけがたい。短期間でベストセラーになるものもあるが、 ほとんどの書籍は少部数のもの。専門書や良書は長い年月をかけて読まれる、寿命の長いのが特長である。

7)なぜ同じ発売日?(91・1・27)

 内容の似た雑誌の発売日は、なぜ同じ日なのだろうか。
 例えば首都圏の場合、木曜日の新聞には、週刊文春と週刊新潮の広告が並んでいる。 また、いくつかの決まった日に女性誌同士とか、毎月10日には文藝春秋と中央公論など総合誌の広告が仲良く並んでいる。
 宅配される新聞、リモコンひとつで選局できるテレビと違って、雑誌は本屋などに買いにいかなければならない。
 読者からすれば、自分の関心事、興味のある記事はどの雑誌がいちばんふさわしいかを知るには、 たしかに、同じ日に広告されているほうが便利である。予備知識があれば、本屋さんでの時間も節約にもなる。
 出版界では長年の知恵で、無用の混乱を避けるため、内容、対象読者が同じ雑誌はなるべく発売日を合わせるようにしているからだ。
 もうひとつ、出版業界では、同じ地域では同じ日に発売する"約束"があり、A週刊誌は何日、B月刊誌は何日と、 地域ごとの取り決めがある。
 これは雑誌が書店ルート、キオスク・即売ルート、新聞社ルート、スタンド・自販機ルート、 コンビニエンスストア・ルートなど、10いくつの複雑な経路を経て届けられるため、 お互いにフェアな商売をしようということである。
 では、雑誌はどれくらいあるのか。89年のデータによれば週刊誌74誌、月刊誌2,296誌、このほか月2回刊、隔月刊、 季刊があり、さらに増刊、別冊をくわえると約3,000種にもなる。 これは市販されているものだけで、同人誌、学会誌、官庁関係を加えると、万をはるかに超える。
 文化の伝達ということから、旧国鉄時代、遠い地域でも廉価な料金で送られる特運制度(新聞も同じ)があったが、 郵送料も第3種として優遇されている。
 全国の読者に雑誌を低料金で提供できる理由のひとつでもある。

8)北方領土問題(91・2・3)

 東京・霞が関の一角、合同庁舎4号館の庭に、コンクリート製、横長のモニュメントがあり、 大きな字で「北方の領土 かえる日 平和の日 総務庁」とあり、 建物の中には"北方領土返還実現に向けて"の署名台が設けられている。
 主催者の北方領土問題対策協会によれば、昭和40年8月15日に北海道で始まった署名運動は、今では全国規模で行われ、 昨年の2月7日「北方領土の日」に5千万人に達したという。
 このような熱望にもかかわらず、1月23日、訪ソ中の中山外相に対し、ゴルバチョフ大統領は4月16日に来日すると答えたが、 北方領土問題は「今すぐ解決できる性格のものではない」と述べ、日本側をがっかりさせた。
 ところで、1月に「北方四島を行く」(真鍋繁樹著 評伝社、1,000円)という本が出た。 サブタイトルに"戦後初めて明かされた四島の素顔"とある。
 筆者が択捉、国後、色丹、歯舞を訪れたのは昨年の夏。本書は、戦後半世紀近く経った北方領土の各地を訪ねつつ、 そこに住むソ連人(ロシア人)の生活ぶり、生き方を伝えるレポートである。
 歴史的に見れば、ゴ大統領の言うように「第2次大戦の結果として生じた問題」かもしれないが、 根室半島と目と鼻の先にあり、古くからわが国の領土と思っている日本人からすれば、一読して複雑な気持ちになるだろう。
 北方四島は今、ペレストロイカ(改革)やグラスノスチ(情報公開)のせいか、 これまでと違った意味でクローズアップされているのは事実だ。
 経済の破綻、モノ不足が深刻なソ連は、経済大国日本を無視することはできず、 むしろ日本との経済関係拡大を図れるかどうかが最大の課題である。
 東西の冷戦が終わって、四島の非軍事化が可能であれば、返還も現実にと若干の期待も出てきた。 しかし、この領土問題が国内の分離独立を求める民族主義運動を刺激するのではと、ゴ大統領にはジレンマでもあるようだ。

9)歴史の"真実"(91・2・10)

 昨年の終わりに、日本人の多くを驚かせたものに"衝撃の未公開記録"と銘打つ「昭和天皇の独白 八時間」 (文藝春秋・12月号)がある。
 掲載号は増刷し、105万部を超えるという、かつての「田中角栄研究」を掲載したとき(昭和49年11月号)をはるかにしのいで、 同誌の記録となったという。
 昭和天皇のイメージがこわれたとか、素顔の天皇を知って感激したとか、さまざまな感想がもらされた。 一部には、記録は本物かどうか、公文書ならば原本は宮内庁にあるはずだが、との疑問も出されている。
 それらはこれからの研究に任せるとして、最近昭和30年、同43年(明治100年)につづいて、昭和史研究のブームと、 専門家はいう。
 即位の礼にタイミングを合わせた先の「昭和天皇の独白」のように、資料"発掘"はますます盛んになる、というのだ。
 いくつかあげれば、平成元年から刊行中の「検察秘録 匂坂資料〜五・一五事件」4巻、 「同〜二・二六事件」4巻(ともに角川書店)のほか、昨年は昭和天皇の側近だった「木下道雄日記」(文藝春秋)、 元侍従長の「入江相政日記」(朝日新聞社、既刊3冊)や、内大臣「牧野伸顕日記」(中央公論社)があり、 また「西園寺公望伝」4巻(岩波書店)も刊行され始めた。
 昔の人はよく日記や手紙を書いたが、私的なものである。資料にしても本来は公表されるべき性質でないものや、 遺族や関係者が公表したがらない場合もあるだろう。
 国立国会図書館には、そのような貴重な資料が寄贈され保存されている。 学者ら研究者がそれぞれ取り組み、さらに長年月をかけて注釈や解説をつけ、公にされるのである。
 このように、時代を経て歴史の"真実"がとつぜん姿を現す。読者として単に懐旧の念に浸るだけでなく、 昭和という時代がわれわれ日本人にどうかかわったか、冷静に分析することも時には必要だろう。

10)板門店の壁(91・2・17)

 ベルリンの壁が崩壊したのは1989年11月。そして、1年もしないうちに東西ドイツが統一されたが、 これと前後して東欧諸国での政変がいくつもあった。
 ベルリンの壁は第2次世界大戦後の東西冷戦の置き土産だが、もうひとつ、 すぐ隣の朝鮮半島は38度線で北と南に分断されている。朝鮮戦争以後、板門店が両国の事実上の国境となり、 交渉の場所となっている。
 その身近なお隣に関して、改めて考えさせられるレポートがある。 黒田勝弘著の「"板門店の壁"は崩れるか」(講談社)で、88年のソウルオリンピック以後の韓国、 北朝鮮に関する内容は4部11章からなっている。
 ベルリンの壁が「冷戦の壁」であるのに対し、板門店は「熱線の壁」と見る筆者は現在、産経新聞ソウル支局長で、 共同通信ソウル支局長などを含め、通算7年ソウルに滞在するジャーナリスト。
 そこは「朝鮮半島を南北に分ける東西241キロの軍事境界線上のエアポケット」であり、 民衆は容易に近づけず「南北間の憎悪と不信が、血ノリとともにこびりついている」ところだという。
 新聞などではうかがい知れない複雑な現実があり、カベは容易には崩れそうもないようだが、 南北双方とも"改革"に向けて動いていると思いたい。
 日本と北朝鮮との国交問題も、最近、何回か会合が持たれており、 パスポートに英文で記載されている渡航可能の国と地域の表示「北朝鮮を除くすべての国と地域」から、 4月1日より「北朝鮮を除く」(EXSEPT NORTH KOREA)の文字が消えることになっている。
 黒田氏には「ソウル発 これが韓国だ」(講談社)「韓国人の発想」(徳間書店)など韓国に関する著書がいくつもある。

11)復刻版ブーム(91・2・24)

 最近、朝日新聞社から「復刻 日本新聞」(全3巻)の第1巻(11,000円)が出た。 ソ連がシベリア抑留者60万人を対象に日本語で出していた新聞の復刻で、大判の700ページにも及ぶ。
 昭和20年9月15日付の第1号の1面は「同志スターリンの国民への呼びかけ」の見出しとその肖像写真入り。 裏面は右から左への大活字で「日本は敗北を認め無条件降伏す」とあった。
 復刻とは「版本を再刊する場合、前と同じ体裁の版を作って原本どおり作成すること」(学研「国語大辞典」)とある。 本や雑誌を昔のままに再現することだが、現実にはそう単純にはいかない。
 先に江戸末期の浮世絵師・安藤広重の「江戸百景」の復刻版画集を出したのは暮しの手帖社。 絶筆となった晩年の大作で、最初のものは1856〜58年に刊行されたが、今回は明治後半に複製されたものからという。 オリジナル版の復刻でないのは安い一般観賞用の複製をめざしたからだが、それでも33,000円もする。
 新渡戸稲造といえば、札幌農学校教授から東大教授等を経て、国際連盟の事務局次長まで務めた人である。 このほど、若き日の彼が、米人教授ブルックスの農学の講義を筆記した英文の直筆が復刻された (日本経済評論社「復刻 農業土木古典選集<明治・大正期>」第5巻所収=12,360円)。
 北大図書館に保存されているこの筆記録は、札幌農学校・1877年と記されており、新渡戸は当時わずか15歳である。 きれいな筆記体の英文であり、図版もしっかり描かれているのに驚かされる。
 一般的にいって、復刻の対象は保存状態がよいものばかりではない。原本がムシ食い、汚損していたり、 文字がかすれて判読に苦労したりと、大変な労力と時間を要する。専門家の知恵を借りながら長時間かけても、 性格上多く売れるものではなく、値段も高いものとなる。
 しかし、研究者や関係者、公共の図書館ではある程度、そろえておく必要があるから、数十万円する本でも、 いずれははけるのだろう。
 いま、ちょっとした復刻版ブームである。

12)自分の図書館(91・3・3)

 北海道新聞1月6日付に「目的の本、即座に探せます 102万冊の目録データ化 北大附属図書館」という記事があった。 全蔵書数の約3分の1の電算化がすみ、研究者や学生に好評という。
 ところで、私たち一般人が利用できる図書館とは?
 毎年「読書週間」に合わせて毎日新聞社が行う読書世論調査(昨年分=調査期間8月末から9月初めの3日間、 全国の16歳以上の6,000人、回収率70%)によると、この1年間に公共図書館、移動図書館を利用したことがあるものは19% (男17%、女21%)、一番多い利用回数は1〜4回の47%(50%、45%)、と半数を占め、一方、利用しないのは 「忙しくて行く時間がない」35%(32%、37%)、「利用しようと思わない」34%(40%、29%)のほか、 「近くに図書館がない」19%(16%、21%)だとしている。
 本当だろうか。日本図書館協会によると、公共のものは全国に1,928館もあるというのに。 東京C市に住む4人家族のわが家は、めったに本を買わない。市の図書館の本館、分館にそれぞれ2枚のカードを作り、 フルに活用する。いちど読めば事足りるし、再び借りることもできる。 高価なもの、新刊で読みたいものが出てくれば、購入のお願いをする。少しぐらい時間がかかっても、じっと待つ。
 先日は、「アガサ・クリスティ〜生誕100年ブック」(早川書房)を購入してもらい、みんなで大事に回し読みした。 公共図書館を"自分の図書館"にしているのは、わが家ばかりではないと思うのだが。
 竹内米吉「図書館のある暮らし」(未来社)、久保和雄「図書館屋の小さな窓」(青弓社) など地域図書館についての本をご参考に。図書館とプライバシーについては渡辺重夫「図書館の自由と知る権利」(同)、 日本図書館協会の「図書館は利用者の秘密を守る」(同協会)なども読んでみたい。

13)老人ホーム事情(91・3・10)

 1日の食費が1,500円、管理費が3万5,000円、介護サービス(B)で3万円、その他電気代6,000円などに消費税3,500円で、 合計12万4,000円。
 今年87歳になる老母が世話になっている、東京以西のある都市の比較的新しい有料老人ホームの昨年12月分の請求である (注:名古屋市内)。
 高いのか安いのか、他と比べられないので何ともいえない。またその請求が適正かどうか、 現場にいないのでよく分からない。いちど朝食を食べてみた。白いご飯1膳に味噌汁、生卵に味付け海苔、海苔の佃煮であった。 昼食、夕食も似たようなものであろうか。
 経営は民間の総合病院で、道路を隔ててホームの向かい側にある。診療は週に2回、とくに病名はないが、 たくさんの薬を飲んでいる。具合が悪くなれば、すぐに入院となり、付添婦の手配までしてくれるから、大いに助かる。
 しかし、ときどき送られてくる「国民健康保険から医療費のお知らせ」によれば、受診日数16日間−約5万2,000円、 20日間−約7万2,000円などとあり、いくら「請求書ではない」と書いてあっても、ギョッとさせられる。
 20兆円を超える国民医療費のうち、全人口の約7%でしかない70歳以上の老人医療費が約6兆円と、 全体の3割を占めているという。新年度からはこの老人医療費の、本人負担分の引き上げが行われる予定だ。
 とはいうものの、核家族化、狭い住居での3世代同居は、現実問題として不可能に近い。 また、いまはもうお年寄りも1人住まいを好む時代。公営のホームも個室化が進んでいると聞く。 老人を抱える働き盛りのあなたは、どうすればよいか。
 現実を見つめ、フレディ・松川「医者が教える老人ホーム入門」(はまの出版)、 久野万太郎「最新 老人ホーム事情」(同友館)、樋口恵子「有料老人ホームを買う」(新芸術社) などを参考に問題を考えてみたい。

(掲載時より、かなり時間が経っていることもあり、若干の修正・補足を行っております。2003年10月 筆者)


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