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「ミニ自分史」(28)義父 小田 悟氏(その3)「Q氏の家とその家族に関する八か条―わが家の憲法―」

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義父 小田 悟氏(その3)「Q氏の家とその家族に関する八か条―わが家の憲法―」

 《前々回(26)義父 小田 悟氏(その2)の文中にある『Q氏の生活に関する雑章』の一部と見られる 「Q氏の家とその家族に関する八か条―わが家の憲法―」を再録します。
 悟氏が勤務していた東京電力の社内誌「東電文化」第91号(1966年7月号)に掲載された見開き2ページの全文です。 氏は当時、50代半ばであったでしょうか、ユウモアのある筆致はアイロニーに満ちております。 なお、これは"連載企画"で、毎号社員に書かせていたものと推察されます。他の筆者は実名ですが、氏だけはイニシャル表記でした。

Q氏の家とその家族に関する八か条―わが家の憲法―(S・O 生)

 Q氏は、東京N区のある一隅のささやかな家に、妻P子、長女S子(短大生)、次女E子(中学生)と住んでいる。
   一、Q氏の家には、まだ家憲なるものがないこと、ただしいまやそんなものを作る必要を感じていること
 Q氏の家には家憲などというものが、いままでないが、それでどうやら夫権も父権も大しておかされず、 うまくやってきたと思っている。しかし、子供も大きくなり、P子のお尻のすわり具合がだんだんデンとしてくると、 Q氏の希望の有無にかかわらず、家憲ないし家の中のキマリのようなものが、家族の中にできつつあると思われた。
 そこで、Q氏の本意ではないが、自分の生活の最低線を維持するために、また家族のためにも次のような家憲らしきものを書き綴っておかねばならないと考えた。
   二、質素、倹約を旨とすべきこと
  Q氏のモットーは質素、節約である。子供のためには、これから世に処して、長い人生を送るために、 このような精神をもたせてゆくこと、そして雑草教育的に育てたいのが、Q氏の理想である。
 Q氏の家族にいわせると、Q氏の質素、節約主義は、小遣いの無駄遣いが多いので、他のほうには節約主義でゆかねばならないのだという。 そういえば、煙草は、健康保持枠をこえる本数を一日に吸うし、酒は以前の量より減ったとはいっても、チョイチョイ晩酌をやるし、 Q氏は少し自分の理論づけがぐらついてきているので、目下再検討中である。
   三、健康に注意して、医者、医薬に親しむこと
  Q氏はわりと身体に関心を持ち素人医学の本は大てい揃えて、何か変ったことがあるとすぐ医者のご厄介になる。 反対に家族は全部医者嫌いである。P子は、具合が悪いとやむをえず医者にゆくが、二、三回薬をのむとあとは忘れて袋のままどこかにつっこんでしまうし、 S子は先天的に咽喉がせまいせいか、おさつをたべるときとちがって、小さい錠剤一つのみこむのでも、 四苦八苦して一日がかりである。E子にいたっては、丈夫のせいか、薬には全然関心がなく、それよりQ氏のお酒のおかずが、 ケーキと同じ位に好物で、晩食のおつまみをしばしば半分位平らげてしまう。
   四、レディメードもよいが、自家製も大変結構であること
 今は大ていレディメードで間に合うし、便利である。Q氏の家は所謂建て売りを買ったので、まずレディメードの最たるものである。
 しかし、食事と着る物は、やはりレディメードでない方がよい。P子の料理の腕はここではいわぬこととして、 子供の着物は、たいてい彼女が自分でつくるし、いろいろのつぎきれで何とか家の中のものをつくるので、大たすかりである。 これがP子の唯一無二の美点だと思う。一方Q氏は、日曜大工なるものは一度もやったことがないかわりに、 空箱などで風呂のまきをつくるような、コワスことは得意である。
   五、家庭内における相互牽制組織を確立すること
 Q氏の家は少し改造して、二人の子供の室を作った。しかし、一室にして真中をカーテンで仕切ってある。 勉強中居眠りしたり、あまり長い間、マンガの本を読んだりしているときは、お互いに注意し合うので、大成功だと思っている。
 ところがとなりのQ氏の居間までも、P子の命をうけてか、ときどきS子が見回りにきて、いらない電気のつけ放しなど注意してくれるのはありがたいが、 半分はいたしかゆしである。
   六、音楽の鑑賞は自由にして、束縛をうけないこと
 Q氏は音痴にかかわらず、音楽をきくのが好きで、日曜日などは、ときどきレコードをかけてたのしむ。 ただし、三十年前の若いときのまま、鑑賞力は一向に進歩せず、いまだにポピュラー音楽の域を出ない。 レコードの音が聞こえてくると、S子とE子が苦情をいいにくる。わけを聞いてみると、自分たちがうるさいからではなくて、 まさかそんな音楽をいい年をしたおやじが聞いていると近所では考えず、自分たちが掛けていると思われて、 みっともないという話である。
 S子のお箏(古典派趣味で、熱中しているが、まだ海のものとも山のものともわからない)、 E子のピアノ(Q氏が見込みをかけているのは、E子の手の指の長い点である)をしばしば聞かされていることを忘れてはこまる。
   七、テレビを見るのには互譲的精神を発揮すること
 Q家の男性と女性の趣味の対立の結果、ついこの間まで、Q氏がプロ野球のテレビ中継のチャンネルを獲得することはまずまれであった。 三十秒か一分のCMタイムのときだけ見る許可がえられる。昔神社のお祭りで、曲馬団が小屋の前の人たちにときどき幕を上げて中を見せる仕組になっていたが、 あれと同様である。
 最近テレビを買い替えたので、Q氏は古いほうの画面のうすくなったテレビを見て、ようやく好きな野球の鑑賞ができるようになった。 ところが、女性たちの仲間割れでE子などはときどき古いテレビのほうを占領に来るので、Q氏は、幸福というものがいかに長く続かないものかを痛感する。
   八、亭主が外から帰ってきたときなどお茶をすすめる習慣を作ること
 Q氏はお茶が好きで、主として日本茶であるが、家にいると機会あるごとにお茶をのみたい。
 テレビの家庭ドラマを見ると、山村某氏や佐野某氏など会社から帰ると奥さんがチャンとお茶を入れてくる。 P子に少し見習えというと、あれは脚本に書いてあるからするので、家ではいそがしくて、そんなうまい具合にゆきませんという。
 Q氏はテレビを見るたびに、亭主役の人にせん望がたえない。   (考査室)


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