まだまだコラム目次

「まだまだコラム」 2008年8月下旬号

8月上旬号       9月上旬号


「北京五輪1  近あるいは禁メダル…競技編」
 個人でも団体競技でも、代表となった選手は、それぞれに目標を立て、あわよくば金メダルをと願ったりするのは、 国を背負って立つという以上に、個人としての名誉あるいは栄光のため、とうぜんのことであろう。
 ところが、今大会でも"国技"柔道に限らず、それぞれの競技で、なじみのない国の傑出した選手が表彰台に立っている。 それぐらい普及していることを知ってか知らでか、国内だけで、ああだこうだと言っている感じがしてならない。 そもそも、野球(男子)とソフトボール(女子)が次回のロンドン大会から姿を消すのは、世界的に普及していないからである。
 政治の世界をはじめ、日本人は国際標準で比較するのでなく、国内いや"自分標準"だから、大会が始まるまでは関係者も選手もハッピーなのであろう。 このダブルスタンダードの国、あるいは国民性は、如何ともしがたい。
 それを許す風土は、一に競技団体の閉鎖性と、選手の実績や経験を重んずるという温情主義にあり、 二にスポンサー(大企業)の意向が働いているということでもあろうか。
 前者の、閉鎖性を象徴するのは近ごろ何かと不祥事が目立つ相撲の世界に見られるように、理事長など主要な役員にOBが君臨していて、 後輩は頭が上がらない。そして、この"伝統"は次々に受け継がれ、同じことが繰り返される……。
 これは上下関係のはっきりした体育会系そのものの社会で、いまや上は霞ヶ関とその天下り機関であり、 下は大分県教委に代表される教諭の世界でもまかり通っている。
 だれもが、自分たちさえよければの"自分標準"で、それぞれの"選手"(つまり国民や児童生徒)のことなど考えていないからではないか。
 後者の例では、有力な金メダル候補と喧伝された柔道のママさん選手は、国内選考では決勝に破れていた。
 さらに競技開始が、大国というか大スポンサーであるアメリカの意向により、アメリカ大陸でテレビ視聴に都合のよい時間に合わせて行われるのは、毎度のことである。
 にもかかわらず、野球の星野監督は、プロ野球のベストメンバーを引き連れ、金メダルを持って帰ると豪語していたが、 最後には銅メダルにさえ手が届かず、4位に終わった。
 テレビ桟敷の人がいうには、二度も抑えで失敗した岩瀬(中日)を、また準決勝だかで起用し、失点を重ねたことに対し、 監督星野は何を考えているのか、と憤っていた。かれは日本一の年俸(4億円)を取っているそうである。 だから価値ある彼を使ったのか、元中日の監督は…。
 しかしである。現実を見ると、優勝した韓国は全勝し、アマチュア野球のキューバは2位、メジャーリーガーが一人もいないアメリカが3位となった。 星野ジャパンはこの3国に5戦全敗だったというから、金メダルどころか、メダルに近くもなく、目指したのはさわってはいけない"禁メダル"だったのではないか?!
 その敗戦の弁が振るっている。「申し訳ない」と言ったあと、「ストライクゾーンの違い、朝早くと夜遅い試合。選手がかわいそう。 プロの試合はプロの審判にしてほしい」と(東京08・08・24)。
 多くの日本人は、これを読んで、そうだそうだと星野監督を擁護するだろうが、なに、ゲームは自分たちだけでやっているのではない、 条件は相手も同じであることを忘れてはいけない。さらに、オリンピックは"アマチュアリズム"が基本である。
 このような弁解を「負け犬の遠吠え」という、のだったか。

「北京五輪2 煽るしかない…報道編」
 例によって、まず東京新聞の切抜きから見てみよう。
 08・12テレビ欄「反響」…(6日・NHK)「サッカー・女子予選:日本×ニュージーランド」…「いつもの『ニュース7』を変更して中継していました。 それほど国家の一大事でしょうか。NHKにしかできない番組をNHKらしく放送するということを考えてほしい。…」(豊島区・女性61・語学教師)  ついで08・16の同欄は「北京五輪特集」である。8本あるが、そのうち、
 (2)(開会式・NHK)「男性アナウンサーの落ち着いた解説は良かったのですが、花火や聖火がともった時の女性アナの「うわあ」「おおっ!」といった声はわざとらしく感じられ、 興がそがれました。…」(三島市・女性17・高校生)
 (4)北京五輪2008「柔道・決勝」(10日・フジ)「各局ともキャスターの人選や報道スタイルに趣向を凝らし、報道合戦の様相で楽しみです。 しかし、この番組についてはいただけませんでした。スペシャルキャプテンなる男性お笑いタレントの独り善がりで品のない話し方にあっけにとられ、 テレビを見るのをやめようかと思いました。…」(船橋市・男性75・無職)
 (5)テレビ朝日のメーンキャスター「元テニスプレーヤーの男性ですが、勝敗に一喜一憂し、いすから立ち上がったり大きな声を出したり…。 見ているこちらが落ち着かず、疲れます。(中略)独自の精神論を差し挟むのは止めてください」(東村山市・女性21・トリマー)
 (7)「真相報道バンキシャ!」(10日・日本)「今大会で引退がささやかれている女子柔道選手のことにかなり時間を割いていて、うんざりした。 なぜ、彼女を持ち上げる報道ばかりするのか分らない」(府中市・男性56・会社員)
 (8)民間女性アナウンサーによる五輪のCM「『驚、歓、奮、叫、涙』の漢字と、それにあわせた表情の女性アナのアップ。 私はこの映像が流れると、民放テレビを見たくなくなります」(青梅市・女性48・主婦)
 CMといえば、シンクロナイズスイミングで男性カメラマンが撮影しながら女性8人と同じように浮き沈みし、 女子卓球でもやはり男性がラケットを頭につけて応戦する(もう一人カメラマンもいたとか)というような映像を流す局もあったらしいが、 ちょっと"異常"かつ"常識はずれ"な日本のテレビ局ではないか。
 最後に、08・22テレビ欄のコラム「NHKはスポーツ局か?!」は、さらに過激である。
 「…不思議なのはNHKの夜のニュース番組が消え、七時のニュースも短縮や時間変更になることだ。 スポット的にニュースの時間はあっても、ここでも最優先はオリンピック情報だ。(中略)高校野球にオリンピック。 もはやNHKはスポーツチャンネルと名称変更したほうがいいのでは。(舞台裏)」
 ところで、私も少しばかり「なるほど!」と思った開会式について、08・16夕刊「五輪開会式/『偽装』続々/一部では『一般的な演出』/中国の『慣れ』指摘も」という報道もあった。
 ついで、閉会式では、08・26「北京、閉会式も人口消雨/ロケット241本 空中散布14.5トン/中国紙報道」とあり、これも国威発揚の一つであろうか。 しかし、現実は同じ面の上にある記事「株価下落、物価上昇、輸出低迷/五輪後中国に暗雲/経済失速 体質改善には時間」がかかりそうだとある。
 やはり、この二の舞にならぬよう、2016年の東京五輪は、やらないほうがよいのでは…。

「北京五輪3 期待過剰で裏切られ…国民編」
 今回の五輪は、最終日の男子マラソンも、女子に同調してか1名が棄権し、最高でも13位と淋しく、凋落著しい同競技の未来を暗示して終わった。
 金メダリストは少ないが、なかでも柔道やレスリングなど2大会連覇の選手がおり、すばらしいのは北島だけではなかった。 ところが、これらに関し、次世代の選手が育っていない、という辛口の見方もある。
 たしかにそうであろう、新しい選手が続々と出てくるところに、"国"や"組織"の力量(予算や施設)が現れるのであろうが、 国民栄誉賞なんてもので、目先をごまかそうとしているようじゃ、お先真っ暗かしらん!?
 おとぼけの町村官房長官は、08・25夕「『東京五輪、政府も支援』/選手育成でも配慮」なんて言った上で、 「(次回12年夏季大会が行われる)イギリスでは、国が相当なレベルで選手強化に力をそそいでいる。 日本も東京でやるのなら、そうしたことも考えなければいけない」だってさ。 じゃ、今回はやらなかったのって混ぜっ返したい限り…。 さらに、北島選手への国民栄誉賞授与について「そのうち検討することになる」といっているそうな、ああノーテンキ。
 その北島選手について、08・15夕刊に「北島選手応援 荒川区は自粛?/区民に疑問も/前区長の汚職事件影響」とある一方で08・17「北島選手に国民栄誉賞の可能性/内閣の力ない証?/効果怪しく『政治の本質変えて』」などと、かまびすしかった。 無責任な日本人は、やっぱりお祭りがすきなのだろう。
 女子ソフトボールは、上野投手の驚異的な三連投で、めでたく悲願の金メダルを獲得し、有終の美を飾ったというべきか。 これから、女子のソフトボールが盛んになるであろうことを予測させる。
 さて、オリンピック漬け?の国民は、過剰な報道に煽られ、国と国との争い(競技)となると、つい愛国心が芽生え、 自国選手を応援するだけでなく、ライバル国の失敗などを期待することが引き金に、いつの間にか"戦争"状態になったりしないか、気が気でない?!
 などと気取って言おうとしたが、なに現状はつぎのようなものだった。
 08・21夕「内村チョコ/北島Tシャツ/ボルト靴/メダリストグッズ特需/あやかりたい?3倍も」だそうで、やっぱり平和だなあ、この国の民草は……。

 ところで、皆さん、9月に始まるパラリンピックのことに、関心はないですか。
 その現実は08・26夕「経済力の違い6割実感/競技用車いす『負担大変』/パラリンピック選手調査」は、オリンピック選手との"格差アンケート"であった。 資金もスポンサーも、競技施設も費用も雲泥の差で、遠征費や合宿費を含め、大変な苦労を強いられているらしい。 そういえば所管官庁も文部省と厚生労働省と、見事な分業である、いやはや?!
 オリンピック精神は「参加することに意義あり」といったのは近代オリンピックの創始者クーベルタン男爵だったが、 一方で国別対抗だけでなく、(ゼネコンやそのおこぼれに預かる政治家などが)商業主義の権化と化しているのは「2016年の五輪を東京で…」と唱える"真意"にも現われているではないか。

(以上、08年8月26日までの執筆)


ご意見、ご感想は・・・ kenha@wj8.so-net.ne.jp