とんだエッセイ 1月中旬号
「ユメユメ、油断めさるな?!」
昨年暮、渋谷区内で、歯学部志望で浪人生活を3年も続けている予備校生、21歳の兄が自宅で一歳下の妹を切り刻むという事件が起こった。
それも、同じ屋根の下にいながら3年ほどあまり口を利かなかった妹から、たった一言「私には夢があるけど、勇君には夢がない」と言われたことが引き金となって、凶行に及んだという。
その妹は短大に通いながら、女優を夢見ていたらしく、兄たちとちがって芸能の世界に入っていく矢先だった……。
"夢"を壊されたのは、その妹も同じであり、また息子二人の跡継ぎを願っていた祖父や父母のばら色の"夢"も無残に消えたのではなかったか。
ところで、レッドソックスに入団した松坂大輔は「ぼくは夢という言葉があまり好きじゃない」といっていた。
夢というのは実現不可能な非現実的な目標を夢見るような感じだからで、彼は目標を立てる以上は必ず達成させるという男らしい。
とりあえずは大リーグ入りで証明したことになるのか……。
この"夢"で思い出したのが、その昔NHK総合でやっていた「夢で逢いましょう」という生のバラエティ番組である(1961・04―1966・04)。
デザイナーの中嶋弘子のやや斜めに首をかしげるあいさつが"売り物"でもあった。念のため、インターネットで確認したところ、
先に出てきたのはTBS系の連続テレビドラマ「夢で逢いましょう」(2005・04―06)であったのに、私は浦島太郎的な気分に陥った?!
ああ、私も歳を取ったものだと慨嘆していると、目の前の新聞広告に「小和田家(家政婦)…『外交官の家庭に団欒はなかった』」(「女性セブン」)とあるのが、
また気になってきた次第。各々方、「ユメユメ、油断めさるな?!」
「子ども省で、なにをしよう」
まだ正月真只中の、3日付新聞に、政府・与党は安倍首相が今度の施政方針演説で、力説する予定の"少子化対策に内閣の総力を挙げる"覚悟を示すため、
その目玉として、『子ども省』を設けるという話が載った。
やれ「行政の縦割りを廃する」だの、「少子化対策を一元的に実行する」ためだそうだが、2001年1月6日に行われた省庁再編(1府22省庁→1府12省庁)は、
"行政の縦割りを廃"し、効率のよい小さな政府をつくるためではなかったか。
それが、近ごろ防衛庁が防衛省に昇格し、戦争をし易くした?ばかりなのに、今度は「子どもに関する政策は、厚生労働省、
文部科学省など複数の省庁にまたがっているため」だという。
子供をとりまく問題、また縦割り行政の弊害も、今に始まったことではないが、どうして今ごろと考え出したばかりなのに、
今度は、菅総務相が「情報通信省」(仮称)構想をぶち上げた(14日、訪問先のインドで)。
先の省庁再編のときにもあった話で、その時は旧郵政省の反対で実現しなかったとか。
これは総務省、経済産業省、文部科学省、内閣府の情報通信担当部局を統合したものだそうだが、今度はスムーズに行くのかどうか。
"再チャレンジ"などと「再」の好きな首相の下、今度は「再々省庁再編」などの言葉が飛び交っているようだが、
さっそく翌日には、経済産業省の事務次官が「大きな役所をつくり産業振興をやっていくのは、少し古いやり方」と批判した……。
私のこれまでの理解では、議員諸公は官庁に人員削減などを求め、役人連中は反対に「まだ人が足りない」というのが"対立の構図"で、
これは逆転しているように見える。想像するに、関係業界に恩を売れば票なり献金が増えるが、もしそうであれば役人にとって天下り先が減る?ということかしらん?!
そうだ、子ども省の話だった。それは、子育て支援税制/施設不足で保育所に入れない待機児童の削減/女性の再就職支援などで、
少子化対策を主管する役所で、児童虐待やいじめから子どもを守るための諸施策まで範囲を広げること、などだそうだが、
これまでできなかったことに、これからも期待するほど国民はバカではないハズ。
単なる選挙対策ではなく、他国が設けているから、という程度の話で終らないことを祈ろう。
「今後の"抗議"について」
年も押し詰まった27日。5年近く、文章関係の講座を担当していたカルチャーセンターから、メールが届いた。
次回の講座について、パンフなどに載せる宣伝文などの催促かと思いきや……。
それは「今後の講義についてですが、現在のところ見合わせていただきます。
文芸関係は、なかなか難しいのが現状です。どうぞ、ご了承くださいませ。ご連絡遅くなりまして、失礼いたしました」。
そっけないこと、この上ないが、これは最近の流行りの"三下り半"なのかしらん。
少し前、親会社関連のG美術館が所蔵する美術品の写真を配した6枚つづりのカレンダーを送ってくれた、
カルチャーセンターの若い担当者からである。
もっとも、ある程度の予測はついていた。1年ほど前に、近隣に同業者が新しく教室を開き、より低料金で生徒を募集するため、
お客がそちらへ流れている、という説明があった。ついで、現実問題として、私の担当する講座への新規申し込みが一人もおらず、
人数不足で10月期は開講されなかった、からである。
これは、次の4月期に限らず、他の講座も開講はしても、センターとしても先行きは多くを望めない、ということであろうか。
しばらく前、そのセンターの近くの喫茶室で、ある新聞社の方と話したことがある。
どの地方でも、新聞社や放送局が"文化事業"として設けるカルチャーセンターは、ほとんど赤字だが、企業の性格上、
止めるわけにはいかないそうだ、しかし、ここはその点ドライに出来るでしょうね、ということだった。
昨年夏、それまでのセンターの担当者が"一身上の都合"で辞めている。理由はとくに聞かなかったが、今にして思えば、
船が沈没する前に逃げ出したのではないかと、その勘の鋭さを誉めてやりたいくらいである。
なんて、言っているようでは"抗議"も"講義"も出来やしない、いまの私である。あぁ!!
(以上、07年1月16日までの執筆)
kenha@wj8.so-net.ne.jp