とんだエッセイ 2月上旬号
「カルチャーセンター」回想その1
あるカルチャーセンターで「文章教室」の講師をしていた(03年4月〜06年9月、月2回)。受講生は女性が圧倒的に多く、
年齢も高いが、時に20代、30代の女性も見られた。はじめのころ、課題を出せば難しいといわれ、では「"自由"で」といえば、
何を書いてよいか分からない、という具合で、私は戸惑った。
そこで、課題は一つだけでなく複数にしたり、"自由"とあわせ選択できるようにと工夫した。
また、新聞の投書欄に見るような、ありきたりの"季節もの"や、学歴に関わるもの、"結婚"など公平さを保てないものなどは避けた。
もう一つ、公平さを保つこととして、文章表現に関しての考えや質問に対する回答では、はっきりと物をいったが、
受講生同士の個人的な「あの人は……」などという話題に関して聞かれても私は、講義後の(お茶を飲むなど)私的な時間でさえ、
いっさい答えなかった。
課題をどう受けとめ、どのように書いても、その人の自由である。一方、私は政治的・思想的・宗教的な観点からの講評は一切しません、
と断っている。これは別のところでの、若者向けの講義でも同じである。
受講する動機は、自分史を書きたい、文章を上手になりたい、もういちど勉強したいなど、人それぞれであるが、
添削する側としては、初めて人が何をどう書きたいのかを早く知るために、同時にその人に合った助言をするために、
最初の受講の際、必ず「書くこと」(400字)の提出をお願いした。
それらを読むと、「文書を書くのは苦手で…」とか、「何十年も書かなかったから」という割には、うまくまとまっているものが多い。
この"自信がない"こととのギャップをどう埋め、やがて書くことが楽しくなる、ように助言するのが私の役目と思っていたが、
はたしてどうであったろうか。
「カルチャーセンター」回想その2
還暦直前だった私は、前年暮れのある忘年会がもとで肺炎にかかり、正月前後から3月ごろまで病院通いをしていた。
そんな中で、都内のいくつかのカルチャーセンターに「自分史」講座の売り込みをしていた。
最初にメールで連絡を受けたのが、先のセンターからで、会ってみると、「自分史」は人が集まらないから難しいが、
"ノンフィクション"ではどうか、という話だった。そこで「ノンフィクションを書こう」という講座を新設して、
一年間講義をしたが、受講者はあまり集まらず廃止となったところで、「文章教室」の前任者が辞めるというので、
後を引き継ぐ……。
もう一つ、「自分史」での依頼があり、二度ほど募集してもらったが、やはり希望者は少なかった。世間で言うほど、ブームではなかったようだ。
ところで、"教える"立場でありながら、若い人を含め、学ぶのはむしろ私のほうであった。
たとえば"ノンフィクション"を"フィクション(多くは小説)"の対立概念ぐらいに思っていた私は"実用モノ"までは考えが及ばなかった。
「ノンフィクションを…」の最後の講義で、ある女性から、料理関係の本を書きたいのですがと相談を受け、いろいろ助言したところ、
やがて彼女は2冊の本を出版した。
一方、「文章教室」の受講者は、課題に基づいて文章を書き、教室に通い、その後時間があれば"お茶する"ことが多いが、
世間話ばかりでなく、文章を読みあうことによって、さまざまな悩みや喜びを共有したり、政治や国際問題など活発に議論する。
私もその時は皆と同じ立場でいるが、時に教室の続きの質問が出たり、文章の書き方など、熱心な話題の場ともなる。
そんな中から、区誌や市販の雑誌に原稿を書くようになった40代の男性や、自分史を書くための原稿もだいぶたまったという女性は二人もいる。
余談だが、カルチャーセンターの"はしご"をする人がいる。
タイプはふたつあり、講座を次々に変えていくのと、類似の講座を別のセンターで受ける、というのである。
男女の差はないようであるが…。また、一つのところで、講座を掛け持ちという人もいるようだ。
「自費出版、とは?!」
若い友人の話。彼は、編集プロ、つまり出版物を作って出版社に持ち込んだり、雑誌の編集を任されたりの"仕事師"である。
一年ほど前、ある人の紹介で、おしゃべりは得意だが書くのは苦手、いや忙しくて書く暇がないという女性の、
セールスで実績を飛躍的に延ばす「おしゃべり術」の本を出したいから、協力して欲しいと頼まれたのだそうだ。
彼女の話術を学びたいという"顧客"はある社の従業員で2万人とも3万人とも言われ、そのうちの半分でも売れれば、
立派な商売だと、不況の出版界を知る彼は、一も二もなく引き受けたという。
本や雑誌は巷にあふれているが、それがどのような過程で作られ、販売され読者の手に渡るのか、知らない人には、
なかなか説明しにくいものである、と常々思っている彼は、相手の希望(どういう内容で、何をアピールしたいのか)などを、
何度か忙しいという時間を割いてもらい説明を試み、ようやくアウトラインができて、取材にかかったそうだが……。
どうやら、出版の話はお流れになりそうだという。
つまり、出版社は、ある程度売れるという"読み"がなければ、出版はしないので、基本的に上記の「ある社」の買い取りがなければ、
流通にのせるのは非常に難しいと彼はいう。そのことを、きちんと相手方に説明して"了解"をとることが前提だが、
もしその"確約"が得られなければ、彼女自身の会社が買い上げることが条件となり、基本的に自費出版にせざるを得ないことになるのだそうだ。
察するに、その女性も相手方も、"出版"について理解していないようだから、先に進めようがない、というのが彼の結論だった。
いま自費出版が盛んであるが、提案されるのはABCの3ランクによる出版である。簡単にいえば、Aは出版社の責任で本を出し、
流通に載せ書店等で売られる。Bは印刷した部数のうち少しは流通に載せ、残りの大部分は著者に買い取らせる。
そして、費用の全額を著者が出すのがCである。
だれでも「A」を望むが、無名の人が出版社にいきなり原稿を持ち込んでも、なかなか本にしてくれない、のだそうだ。
(以上、07年2月13日までの執筆)
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