とんだエッセイ目次

とんだエッセイ 5月上旬号

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"カミさんと私"1「西新井大師」
 2月に、青梅に行くという約束を三度もすっぽかして、カミさんはお冠だったうえ、先月は夜桜ならぬ野川のサクラとその上流にある野川公園で、お茶を濁したままだった。
 この連休中にぽかっと空いた数時間、暑い日となった午後、藤と牡丹を愛でに、はるばる西新井大師まで足を伸ばした。 都内とはいえ、東武鉄道に乗るのだから遠いところと思いつつ、二人して戸惑ったものの、久しぶりにのんびりした雰囲気に浸れることができた。
 大師駅に到着し、高い駅舎から下方を見ると、境内の回廊を利用して、巫女姿数人の踊りが見え、その前では二人の女性演歌歌手が、 マイクを握って、なにやらコブシをきかしてしているらしいが、立ったままの聴衆もまばら、も一つ盛り上がりに欠けるのが、 まず以って"田舎風"の歓迎?である。
 祭日の昼過ぎ、それなりに人出はあるが、広い境内のせいか気ぜわしくはない。牡丹園をと探すと、「第二」とあるが、 人影だけでなく、"見ごろ"と、HPでいうわりにはまばらな様子に拍子抜けする。
 ついで、本堂の前に進むと、さすがに毎日が縁日風で、さまざまな露店が出ている。焼き芋が美味しそうだったり、 小鉢の花の色取りが鮮やかだったり、真ん中にあるポールに7,8メートルはあるコイが三匹泳いでいたり、 フリマのように服やカバン、帽子を売る店もあったりと賑やか。九州からの鰹節削りを売る青年は、ずっと手持ち無沙汰だったが。
 もうひとつ、お目当てだった藤棚は、やはり人だかりで、小ぶりの枝が遠慮がちにぶら下がっている。 亀戸天神のほうがよかったかしらん。
 本殿に昇って、さい銭を少々放り投げ、手を合わせる。今日は何を願ったやら。おなかがすいたと、横道に出るとこれが参道だった。 道理で、両側に土産屋や食堂がならぶ。トイレのきれいなお店に入ろうという、なんとも「出と入り」の複雑なこと。
 小母さんが二三人でやっている茶そばの店に入る。小盛りだが、天ぷらなどと調和して美味く、また草だんごも美味しかった。 隣に座った、若い父親と小学校に上がる前の男女二人の子の間延びした話し方などを聞きながら、ここでも遠い昔の田舎を思い出した。
 そのあと、「まめ屋」などという専門店に入り、幾種かの豆を買うが、カミさん「これ、みんな国産かしら」なんて、あとの祭り。
 もう一度、「第五」まであるという他の牡丹園を探すが、どこも貧弱な様子。見あたらない「第一」はどこかと、園内を掃除する女性に聞くと、 演歌歌手のいた境内だという。「チョコチョコッとだけ」というとおり、二輪しか見当たらなかった。いずれも、タダだから、 まあええか(演歌?!)。

"カミさんと私"2「湯島天神・神保町」
 帰りは、美味しいコーヒーを飲むか餃子を食べようと、神保町に出ることにした。近ごろ、地下鉄が発達しているのはよいが、 出口を間違えると、とんでもないところに出る。
 それはともあれ、さぼうる、ミロンガなどという青春時代に通った店の前を通り過ぎ、山の上ホテルは覗かず、 高層ビルと化した明治大学の構内を横切るなど、むかし勤めていた近辺を案内する。
 ついで、お茶の水駅前に出るが、その前にニコライ堂に立ち寄る。出入り自由だが、堂の修復のためと、一口300円の寄付を受け付けていた。
 さらに、聖橋を渡り、湯島聖堂と、玉石混交ならぬ多国籍なお堂めぐりに、不信心な私はいささか混乱する。 ここも修復とかで足元が悪いが、門前で、一人の画学生が筆を動かしていた。なかなかに上手かった。 みんなに見られて、気にならないのかなあというと、わがカミさん「自信がなければ、あんなところで描かないわよ」と、のたまう。
 もう一度、御茶ノ水駅まで戻って、今度は水道橋に向って歩き出す。主婦の友社はだいぶ前に移転したのか、 カザルスホールは日本大学の所有となっており、女性しか入れないお茶の水図書館ともども、研究社の隣にあった。
 さらに、新入りとして、わが友人が主宰する"マンガ塾"も、大出世して恵比寿から、この地に移ったのはつい最近のこと。 表敬訪問しようと思ったが、休日で扉が閉まっていた。たそがれて来たがまだ暑さを感じる中、あるビルの玄関先に咲く可憐な花を前に、 カミさんのスナップを撮る。
 水道橋の駅には出ず、本屋のかどを神保町方面に進むが、お目当てのコーヒー店はなかなか見当たらない。 「いもや」ではどうかときくが、カミさん「天ぷらはイヤだが、餃子が食べたい」という。仕方なく、また歩く。 行きかうのは子供づれに、年輩のカップルも少なくない。
 やがて、年中無休という小さな餃子屋を見つけ、狭い階段を上がる。暑い中、歩き回って、ビールでノドを潤おしたかった私だが、 えび餃子と水餃子を仲良く分け、初めての店にしては当りだったと、二人で肯く。 後できけば、この辺りにいくつかある天鴻餃子房という名の知れた店で、本場の人がやっているそうだ。

"カミさんと私"3「夫婦ごっこ?!」
 皆さん、ご存知でしたか。ふつう、身分を証明するものとして、住民票やパスポートに運転免許証は定番だが、 運転免許証は性別の記載がないから、写真が貼ってあっても役に立たないという"世界"があることを。
 ある種の年金が満期を迎えたので、事前に、カミさんが近くの郵便局へ行き、必要書類の確認をし、思ったより簡単のようよというので、 紛れもない夫婦として申請窓口を訪れたときのことだ。
 簡単なはずが、添付書類として、「年金受取人様のご契約時の性別及び生年月日を証明する書類」と「年金受取人様の生存の事実を証明する書類」、 「年金受取人様と配偶者様が婚姻関係にあることを証明する書類」「配偶者様の生存の事実を証明する書類」に「配偶者様の生年月日を証明する書類」、 さらには「ご請求される方が正当な権利者であることを証明する書類」が必要というではないか。これでは、生きた心地がしませんなあ!?
 ややこしいことおびただしいが、要するに夫婦であることを証明せよというのである。バカバカしいから、彼らの目の前で"夫婦げんか"をしてやった。 「お前がちゃんと確認しないからじゃないか」「これは、あなたの年金でしょ」「バカ、俺が死んだら、お前のものになるんだぞ!」云々(ここは、フィクション)。
 局員の、理解不足ですみませんという、足らない書類についての説明を受け、仕方なく、少し離れたところにある市役所の出張所に出向いた。 ここでの顛末もばかげたものだが、いま記している暇はない。
 "夫婦"であることの証明の例として、先の諸書類に"(3月30日以降に作成された市区村長の証明書(住民票記載事項証明書等)など)"とあるため、 それをもらって、局に戻ると、"夫婦"の証明がないから、無効だという。たしかに、その欄はないが"(住民票記載事項証明書等)"でもよいとあるではないか、 といってみたが、彼は郵政大臣でもなんでもない。
 貴重なご意見として報告させていただきますと恐縮そうに何度も言っていたが、あの調子では、となりの部屋までも届きそうにない。
 明日「住民票」をお願いしますといい、とりあえずは受け付けるというが、もう四時前、さっきまで大勢いた客もまばら、 われわれは待たされるばかり。と、そこへベビーカーにのった一歳半ばかりの女の子がお母さんと現われた。 手持ち無沙汰の私は、彼女に向って「われわれは夫婦、フーフ!」と、自分たちを指差し訴えたが、彼女はきょとんとしていた。当たり前か。

 以上、ゴールデンウィークの"有効な"過ごし方の一端を披露したものでした。
(ちなみに、上記の複数の書類は、夫婦について必要事項が記載された住民票が一通あれば足りるはず。 これぞ、税金の無駄遣いであり、自分で書いた文章も読めない頭の悪い役人のやること、といっては言い過ぎか?!)

(以上、07年5月8日までの執筆)


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