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とんだエッセイ 6月上旬号

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「舌禍…」
 私は決して、予言者ではない。たまに家族と野球中継を観る。長く"アンチ巨人"である。31日の交流戦、対ソフトバンク戦であった。 王監督は、ランナー3人を背負っても、好投していた先発の新垣を替えない。3−0とリードされていた巨人原監督は代打清水を送る。 その瞬間、私はいつものクセで、「(逆転の)満塁ホームランだな」とつい、口を滑らしてしまった。 カミさんは、「また言った。その通りになるんだから、言わないでとあれだけ言っているのに」と非難の声。
 こういうとき、最悪の場面を予測してしまうのが私の欠点だ。そのときの気持ちを言えば、しつこい?清水が、 いやな場面で出てきたので、「打ち取れ!」と思う気持ちに反して、あってはならないケースを、つい自制心もなく口に出し、 ヒンシュクを買うのだった。
 それが、かなりの確率で当り、私は嫌われる、というわけである。ついでに言えば、私が観ると、カミさんらのひいきチームが負けることが多い、 というのも現実であった。
 思えば学生時代、友人と落語を聞いていて、話の"落ち"(下げ)が分かってしまい、落語家が語る前に笑ってしまう私だった。 "礼儀正しい"友人は「ちゃんと落ちがついてから笑え」と文句をいうのだが、これは生来のものだったか?!
 さて、王監督はピッチャーを替える。一方、私がトイレに行っている間に、原監督もさらに代打として、矢野を送る。 私の"予言"は帳消しになったはずだが、なんと矢野が打った一打は外野のフェンスを越え、満塁ホームランとなって、 ソフトバンクは逆転負けしてしまった(7−3)。私はそこまで、責任はとれないよと思うのだが、家族にはまた、不評さくさく。 終わりまで付き合わずに寝てしまった。
 《ちなみに、巨人戦のテレビ中継で視聴率が低迷しているのは、「アンチ巨人しか見ていないからだ」という説がある。 言い出したのは、予言者ではない私自身であるが……》

「日本語が通じない…」
 前から感じていたことだが、「日本人には日本語が通じない」ということで多い。
 相手が、外国人ではなく、日本人?! とお思いであろうが、紛れもなく日本語をしゃべるネイティブ"日本人"のことである。
 最初に感じたのは二十年ほど前、去る業界の会員各社の代表があつまる○×委員会などでは、きっちり2時間かけて議論し、 議事録を取らせ、次の委員会で、必ずそれに修正・削除をする御仁がいた。他にも何人か、負けじと同じようなことを求める。
 議事録が発言内容を正しく反映していない場合は止むを得ないが、自分の発言を、変えるというのはおかしいと思う一方、 気がついたのは日本語があいまいというか、単数か複数かもはっきりしない言語であること。 "あ・うん"の世界というか、言うほうも聞くほうも、自分の都合のよいように解釈しているということだった。
 別の言い方をすれば、皆イメージが違うものを頭に浮かべているのではないか。たとえば「本日はコーヒーについて、議論しよう」とすれば、 そのコーヒーとはブレンドかストレートかあるいはカフェオレか、ブルーマウンテンかモカかというように、 コーヒーの"定義"を決めて始めないから、たいがいおかしな議論になってしまう。
 さて最近のことであるが、ある初対面の人に、「日本人には、日本語が通じないですねえ」といったところ、 「私もそう思っています」という。オォ"同志"がいたかと思ったが、メールなどでやりとりしているうちに、 この方とも日本語が通じていないということが分かった。
 そこで、私は近ごろメールで、こんな書き方をしている。
 A「余談ですが、私はこれまでの経験から常々、日本人同士で、いちばん通じないのが、日本語だと思っており、 慎重に書いたつもりですが、まだ不十分かも分かりません」/B「残念ながら、お互いに日本語が通じないものですから、 具体的な"モノ"を拝見したく存じます」
 昨日の実例:カミさん「ヘンな人に出会わなかった?」、私「どんな男?」、カミさん「いや、女の人…」
 要するに、日本人は"あいまい民族"なのである、これからも……。

「早慶戦さまざま」
 今度は、早慶戦である。第1戦は慶応に5点目が入った段階で、直ぐテレビを消したが、昼間で寝るわけにも行かず、 散歩に出た(ほとんど、放棄試合?!)。自棄酒ならぬ、酒を買って帰ったところ、いつの間にか帰宅していたカミさんが、 「6−0だけど、早慶戦を観る?」と、のたまう。8−0だって、怖くはないが、いまさら惨めである。 《今秋、創立125周年を迎えるワセダは、私の入学した1962年秋、創立80周年を迎えたのだが、同時に慶応に8−0と完敗した"記念の年"でもあった。》
 第2戦はハンカチ王子斉藤が先発して、前日と打って変わり、前半で6−0そして8−0としていたが、 守備の乱れやデッドボールで、斉藤は4点を失う。それでも、9−4で優勝となったが、さてわが学生時代には、 早慶戦をどう記録していたか、調べてみた。
 一年生の春、今年と同じ6月2,3日に行なわれ、両方とも観戦したことが、ノオト「最初の十日間」に貼ってある学生券(30円)で証明されただけで、 勝敗の結果も感想もない。代りに、65年11月付で「初めての早慶戦で期待して見に行ったが、当時早稲田は全く不振で、 私は勝った試合を見たことがなかった。」と記している。
 ついで、ノオトW(雑司ヶ谷時代、三年生)に「11・8 早慶戦は、残念なことに、二日とも1対0で負けてしまった。 きょうは行くつもりであったが、余り気が進まず、予定を変更して、M君とぶらぶらする。映画を見て、タマ(ビリヤード)をついたが、 久しぶりによく当たり、最後は10分間で、40をつくことができた」とあるだけだ。
 最後は「第七のノオト」(四年生)・・・秋の一回戦(学生券70円)。日にちは不明だが、「早慶戦を観に行く。/大接戦のすえ、 4−3で勝ち、優勝を決める。二度目で、卒業の年を飾れたのは何ともうれしい。/それにしても沢山の人間が、早慶戦というだけで、 くりだすものだ。そのエネルギーは莫大なものだろう。/応援もまた楽し。/林田のライナーのホームランは痛快。 広野(慶応)の第八号ホームランは、実に悔しかった」。
 この表現、最終学年のわりには、ちょっと単純に過ぎるではないかしらん?! おまけに写真まで貼ってある。 「六回、早稲田の攻撃」…慶応側のスタンドは、3日の神宮よりよく入っており、フクちゃんの看板も健在だった。
 ところで、今年第2戦の神宮は3万6千人と満員だったそうだが、プロ野球交流6試合ではどうだったか。 札幌ドーム(日ハム2−0阪神)は4万2千強と神宮を上まわっているが、ついでヤフードーム(ソフトバンク4−1中日)は3万4千強、 グッドウイルドーム(巨人4−1西武)は3万とちょっと、と少しさびしい。
 もっとも、日本における野球の人気はそもそも学生野球が華だったのだから、これでもいいか。 《参考:わがHP「キーワード「楠安夫」

(以上、07年6月5日までの執筆)


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