『心-こころ- 橋本健午のページ』「ミニ自分史」

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「ミニ自分史」（111）講演「ノンフィクションと私」について(草案)　白井稲門会･総会　2005･7･23〈土〉

「ミニ自分史」（110）「ミニ自分史」（112）

講演「ノンフィクションと私」について(草案)　白井稲門会･総会　2005･7･23〈土〉

1、ワセダに学んで―学問よりも…

2、わが師梶山季之―その実像と虚像

3、青少年問題について―だれもが、かつて“子ども”だったのに

4、戦後60年―『戰線文庫』の復刻に携わって

講演「ノンフィクションと私」について（草案）2005･6･1

1、ワセダに学んで―学問よりも…

昭和36年3月大阪の高校を卒業、東京外語（ロシア語）失敗、浪人（予備校に行かず）
／37年3月上京、同じ下宿（東五軒町）にいた東大受験生と一緒に食事しただけなのに横恋慕と誤解される…／露文を受験（合格）、鷺宮に移る
／運良く抽選で赤い玉が出て、5月はじめ田無寮に入る（荷物はタクシーで運ぶだけの量だった）、前年10月に完成（1年から入った最初の学年〈20名〉、すでに自殺者がいた）
／入る条件として、（父の友人である）校友会常任幹事だったかの仁尾磯之助さんに「政治運動をしないこと」と釘を刺された（私はノンポリ。大隈会館にあった校友会の部屋には何回か訪ねた）
／“コネ”などを嫌っていた時代で、1次試験に受かってから父の知るところとなる〈保護者は23歳上の長兄夫婦だった〉
／4階建て、37室×2人、寮費6千円〈半分は食費〉、今でも変らない？が敬遠されている。
／2年の初夏、盲腸を取るまで食が細く、〈稲門〉食堂のおばさんが特別メニューを作ってくれた?! （若い女性も二人いて、同期の二人と結婚したのではないか）。
／私は、おばさんから橋幸夫似と可愛がられ、ワセダより慶応が似合うなどといわれた。引揚げ前、大連で覚えたのは「都の西北」ではなく「陸の王者」だった。
／寮生活は約2年で、雑司が谷に引っ越した。団体生活が苦手だったこと、旧制高校の寮生活に憧れるのかバンカラを気取ったり、他人の部屋に入ってきたり、タバコの貸し借りなど、無遠慮さに辟易した。当時きれいだった白亜の寮は、個人の生活を守るものだと考えていたが…。いくつか詩も書いた。　　

「《田無寮時代（1963年2月初旬）》
　　　　　夜富士
　　　　ある月が煌々と照り、満天が無数の　星くずで覆われていた夜
　　　　　雑踏と喧騒の都心から逃れて
　　　　清々(すがすが)しい夜気と静かな田舎道を　ひとり帰路についていたとき
　　　　寄宿寮の左上方　はるかに遠く　薄ぼんやりとした山を見た
　　　　歩くたびに不安げなその姿は　やがて私の中で変ぼうする
　　　　白銀の衣装を身にまとい　月の光をからだいっぱいに浴びて
　　　　　きらびやかに　さながら舞踏会の花のよう
　　　　取りまき連中はその存在も忘れられ　彼女は誇らしげに立ちまわる
　　　　　あふれる微笑は惜しげもなくふりまかれ　そのきゃしゃな手に持つ水差しからは
　　　　　美酒が止めどもなくしたたり落ちる……

／2年生のはじめ、廊下で行き会った新入生が私をみて、誰だコイツは？という顔をする。私は1浪。2歳も違うと、こうも礼儀知らずがいるのかと思った。たった2年しかいなかったのに、上は5年もの先輩や同輩また2年下まで、私のことを覚えていてくれ、ありがたいことと感謝している。田無寮ＯＢ会は毎年秋に開かれ、125周年記念事業にはそれなりの寄附をしている。同級から、理工系の大学教授が二人出ている。ちなみに、露文からも男女二人の教授がいる。ワセダ関係は1人。
／雑が谷での間借り。大家は公務員の若夫婦で男の子が一人、都電を挟んですぐ、／雑司が谷墓地があり、夏目漱石、永井荷風、サトウ･ハチローなどの墓があり、よく散策をした。／酒を飲み始め、ダジャレ、言葉遊びは好きだった。大阪時代(中学1年から浪人まで7年間)受験勉強をする振りしてラジオで落語や漫才を聞いていたのが役に立つ。
／「露文」時代、60数名のうち、3分の1が政治的、一方の3分の1が文学志向、中間がノンポリだった（私も）。 2年末の試験の後、笑って別れた級友(女性)が急性肺炎で急死した（24年目に真相が分かる）
≪参照“Ｈ.Ｙ君を偲ぶ”≫ ／「露文」講師だった若い先生は天才といわれ、ロシア語は毎日5時間やっても難しいという。かつ同級生(日比谷出身)と結婚し、何だかしらける感じだった。
校門付近でＵターンし、中国語(マージャン)に励む学生が多かった。新しい文学部は“国連ビル”などといわれ、きれいだったが、
喫茶店は高田牧舎などの近くにあったエビアンに出入り。太ったお上さんに、親父さんはアル中にニコチン中毒という（すごいと思った）。その店で働いていた女の子から「二号サンにして」といわれて戸惑った(私はまだ、独身である)。もう一つ、卒業してからだが、友だちの弟(大学生)に、弟子にしてくれといわれたこともある。私自身、まだ海のものとも山のものとも分からないときにである。
一方、3年生の途中から、金城庵近くの小料理屋にも出入りし、面食いの一人娘と友だちに（何度かデートした。深い付き合いは“宿題がすんだら”と条件を付けたところ、業を煮やし「橋本さんと結婚する女性なんていないわよ」との捨て台詞?!）。
今(時々、店に顔を出して）、そのおっかさんと付き合っている?!　彼女の成人式には、記念写真をプレゼントしていた(親代わり）。親子に感謝されている。
就職難の時代だった。3年間で「優」の数が30以上あれば、就職試験の学内推薦を受けられるといって、必死になっていた友人がいたが、彼は29止まりだった。私はあと一つで“優等生”になるところだった。つまり、「優」の数は九つしかなかった。
卒論はドストエフスキーを選んだが、ロシア人の“貧乏”なんて、桁違いであることが分かった。ちなみに、急死した彼女は「ドストエフスキーの君」と呼ばれていた。
アルバイトはいくつもやった。これは「ミニ自分史」にも書いたが、戦争で習えなかった英語を勉強したいという中年の女性に中学生の教科書を使って、 2,3ヶ月はやっただろうか。少年野球のアンパイヤ、国際劇場の舞台でドライアイスを使って雲海の様子を出すとか……、古書店会場での手伝いなど。

旅行は1年の夏休みに東北地方を、3年の東京オリンピックのときには北海道(道南地方)など。帰りの青函連絡船で知り合った婦人から、うちに来ないかなどと養子？の話が持ち上がりそうになった。養子といえば、小学生のときに子どものいないお寺から、中学では海軍の叔父さんのうちとか、大阪時代もそういう感じだったか、／／／／／／
要するに、大学4年間は何をやっていたのか、よく分からない。卒業試験は、早稲田騒動でなくなり、記念会堂での集会にも出たが、旗(のぼり)が林立して、前がなにも見えない。そこで私は「はた迷惑だ！」などと叫んだりした。就職も決まっている他学部の連中も、ストライキだといきまいていたが、せっかくの就職をどうするんだ、もっと冷静になれよと私は思った。「わいわい騒いで　大学の威信がなくなったとしたら　君たち自らの権威も　同時に失うのだ（2･7ワセダ騒動の際に、仲間に手紙）」
25年目のホームカミングデーでは、わざわざ教授連が正装（ガウン姿）で現れ、遅ればせの式典を行った。後にも先にも「卒業式」がなかったのはわれわれのときだけだった。

(1)学生時代
「命短し、恋せよ乙女！（ゴンドラの唄／吉井勇作詞･中山晋平作曲）」「人は、群れたがる（私は徒党を組まない）1992年」「引き出しをたくさん持つ」
「稲門会」（一方に偏すれば、船は傾く）⇔《バランスをとる？→もたれ合い》「三田会」⇒（調子に乗るな！→銚子はこの先よ！→「お銚子一本、の声、一本調子」）
大阪にいたころ、ラジオで落語や漫才を聞いていた。漫才師になりたかったが、保護者に反対され、また、大学は末川博が総長をしていた立命館に入りたかったが（弁護士になりたかった？）、これも反対され、東京に出てきた。
現役のとき、東京外語（ロシア語）の2次で落ち、浪人（兄の友人宅に厄介になったが、これが国粋主義者！ロシア人〈露助〉の女は･･･ヨコに切れているとか）、
1年浪人して、予備校に行かず、散歩と思索、勉強よりも、文通や日記など文章を書くことばかり

(2)趣味など

同窓会などの集まりが詰まらないのは、ゴルフの話ばかりだから（もっとも、私のような経歴のものと話の合う人間は少ない）

「けん語録」-青春編-
1962年20歳：
＊目の前に　私の持って来た　ハサミがある　そしてそれは　凶器ともなりうる（3･1上京第一夜、文京区で）
＊温和　愛他的　批判的　ペシミスティック（3･15自己の性格として、学生身上記録に）

1963年21歳：
＊最も気の利いた洒落を飛ばすには　大いに頭を使うことである　飛ばす時は　そういつでもあることではない　また、あっても　それは瞬時のものである（2･1）
＊仲間たちが　“我々……”というとき　私はいつも　自分はその中には入っていないのだ　と感じざるを得ない（5･18）

1964年22歳：
＊政治的立場を　明らかにしないからといって　彼が何ら政治的意見を持っていないとは限らない　政治とはそう簡単に　御しやすいものではないのである（5･11）
＊単に反対の示威運動をすることが　青年の唯一の行動様式ではない　彼にはより深く思考すること　より強く自制することが必要である（5･17）

1965年23歳：
＊今や教師といえども“師”ではなく　決して　人生について　学生を先導する　資格のあるものはいない（4･23　手紙に）
＊大学といえども　人生を語る場ではないのだ（同）
＊大人をもっと注意しろ　同調するな　もっと“大人”になれ　大人のうさ晴らしには　荷担するな　もっと大人をやっつけろ（5･16）

1966年24歳：
＊《前掲》わいわい騒いで　大学の威信がなくなったとしたら　君たち自らの権威も　同時に失うのだ（2･7ワセダ騒動の際に、仲間に手紙）　　記念会堂で「ハタ迷惑！」

2、わが師梶山季之―その実像と虚像

とにかく、3月に卒業したが、いくつかマスコミ関係を受けたがほとんど引っかからなかった。明日から、どうなるのだろうかと3月31日の夜、外から雑司が谷の下宿に電話を入れると、明日9時に出頭せよと、集英社から電話があったという。思いもよらなかったことだが、たしか印鑑を持っていたので、そのまま別の所から出頭して、健康診断などを受け、アルバイト採用となった。もうこのあたりから、ドリス･デイの心境ですね。ケセラ･セラ!!（アルフレッド･ヒチコック「知りすぎていた男」1956）
（4年前、入学の際の身上記録に自己の性格として「温和　愛他的　批判的　ペシミスティック」と記した人間も、変われば変わるものです）
その経緯は、それまで年末に2シーズン、販売部でアルバイトをしていたおかげのようだが、今度は出版部に配属となった。ここで、石原慎太郎、三島由紀夫、水上勉、梶山季之らの直筆原稿に接することが出来た。
新聞記者か、物書きになりたいと思っていた。梶山については、それ以前から知っていたが、まさかその助手になるとは想像もしなかった。
6月、7月？　社内で中途採用の試験があり、受けたほうがいいといわれ、受けると、あろうことか英語が同社始まって以来の成績とかで、掃除のおばさんまで、知っていたのには驚く。私はミスもあり、それほどの自信もなかった。役員面接まで行ったが、結局4年も長く務めているものが採用された。 “温情主義”の会社だといわれたが、私の“社内評判”が悪かったのだろう。
直属の上司とは、途中から口も利かず、仕事の指示は近くに席のあるアルバイト女性を経由してだった。彼女は、その上司の妻となったアルバイト女性の友人で、上司は尻に敷かれているなどと関係のない話まで、私は耳にしていた。
口を利かなくなったのは上司のほうで、私が「富士山に登るには、道が一つとは限らない」などといって、指示通りに仕事をしないからだったか。もう一つは、先輩のアルバイト女性たちが眼の前にいて、いろいろ質問したりするのだが、距離はあるが斜め前に二人座っている役員には、女性とのおしゃべりが過ぎると映ったからではないか。
なんとなく、面白くなくなって、辞めたのは9月だったが、荷物を大阪に送る作業はかの“弟子”に任せた。そういえば、その数年後、西早稲田のアパートから、西荻窪に代わるときも、アパート探しをやったのは彼だった。感謝しなくちゃならない!!
辞めた最大の理由は、“結婚騒ぎ”から逃れるためであった。かつて販売部で知り合った二人の女性が（お気づきでしょうが、今日のキーワードの一つは“二人などの２”ですよ）、私のことを覚えていて、何かと出版部にやってくる。あり方迷惑なのだが、食事を一緒にしたり、私の誕生日(6･20)にはアルバムまでくれる。一人はなんとなく、あきらめさせることができたが、もう一人となると、これが難しい。皆さん経験ありませんか？
ここで白状しますが、私は浪人のときだったか、大阪時代に「女難の相がある（から、気をつけるように）」と、よりによって、実の母親から言われていたのです。女の勘は鋭いですね。いまも、気をつけるようにしておりますが、その当時、2人ほどと付き合っていたのです。もちろん、プラトニック、文通仲間ですが。《本件に関する質問は受けつけません》

97年7月、『梶山季之』（日本経済評論社）を上梓。
その帯に「元･助手が明かす作家の実像」「トップ屋、社会派、流行作家、創刊号男、ポルノ作家／さまざまな異名をとり、駆け抜けた十数年。／梶山季之の実像に迫る。」

“ポルノ作家”を自ら否定することもなかったが、ルポルタージュやノンフィクションでは本当のことを書けないから、小説に託して、これは嘘ですよ、といいながら、ほんとのことを書いているといい、また（政財界人は）悪を書かれた腹いせに“ポルノ小説”を攻撃材料にする、つまり別件でお灸をすえられることが何度もあった（「大森実の直撃インタビュー『噂』の仕掛け人・梶山季之の機密情報」『週刊現代』昭和四十八年六月七日号）。

あまりにも交遊が幅広く、またエピソードの多い人だった。
作家･評論家、漫画家、編集者、出版社社長、政治家、財界人、右翼、芸能人、スポーツ選手（広島カープを優勝させる会）、水商売、そこで、私は“家庭での素顔”を中心に、作家や編集者らの知らない部分を多く書いた。
すると、元編集者からも「外部の人間からは、とても新鮮な梶山季之像が見えてきます」、「梶山季之の本当の姿が分かる興味尽きない本」、「私も世俗的な見方しかしておらず、そのような印象しかなかったが、幅の広いジャンルをものにできる作家であったと初めて知りました」。
そして、若い友人から「近ごろでは見られなくなった花のある作家の実像に接し、その人間臭、時代が生んだ卓越した才能に感動しました。橋本さんご自身、よき人に巡り会え、よき青春期を過ごされたことと思います」などとあった。
見知らぬ読者から出版社にハガキが来るが、その一つは「作品そのものに触れていないのがよかった」とあり、またある東大名誉教授から「その才能と人柄の優しさに惹かれて(梶山の)ファンである小生にとっては嬉しい本でした。さすがに日本語も練れているし、著者の終始謙虚な態度も立派だと思いました」。

当時、秘書のいる作家や、事務所を構える作家はあまりいなかった。私が勤めはじめたころもマンションの自宅に通うもので（書庫は別の階に確保していた）、おもに電話番をしたり(24,5歳のとき）、困ったことに、近くに梶山がいるのに「先生でしょ」と間違えられ、朝から夫婦の悩み事を聞かされる、それが2度もあった。
資料の整理（新聞の切抜きで資料を作るとき、読みやすいように貼りなおしたため、大宅壮一先生にほめられたといわれた）。

取材なども行った。
1〉昭和43年の3億円事件、カネミ･ライスオイル事件（九州）など、
2〉カルーセル麻紀の取材、ほぼ同じ年ごろの“彼女”の自宅に、単身乗り込む。うーん、有名人のところに行くのかと、梶山も有名人であることを忘れていたものだ。
3〉ある男装の詐欺師（女性セブンに「苦い旋律」などレスビアンの生態を連載していたとき、東京拘置所に朝早く訪ねていったことがある。ハガキにさくらのマークが）。看守が私の名刺の肩書「作家梶山季之助手」を「としのすけて」と読んだり、女性はあちこちにネタを売り込んでいて、題材にはならなかった。
4〉「オール読物」に梶山が「銀座遊侠伝」という敗戦直後の混乱期の東京を描いた小説で、ある若い右翼を登場させたところ、その周りの連中が騒ぐ。電話はやむを得ず私が応対する。「アイツばかりに喋らせておいて、何で俺に連絡せんのか」という。どちらにいたのかと聞くと、刑務所に入っているのを彼らは「入院」という。それを知らない私は「どこにですか」などと聞くものだから、「(刑)務所じゃ！ムショ」と怒鳴られたが、「それじゃ、連絡のしようがないじゃないですか」でチョン……。

別の、やくざサンに呼び出されて、近くにある青学会館の地下の喫茶室に行った。かなり広いスペースだが、彼は入り口を真正面に見る隅っこに座った。ミルクを飲むのは興奮してはいけないからか、などと話を聞きながら観察していた。ある程度、言い分を聞き、梶山に伝えておきます、などというと、ほとんど静かに帰っていく。地上に出ると、白い大きなパッカードが止まっている。つい、ほめたつもりで、ご自分で運転されるんですかと聞くと、いつもは若いモンがとか弁解していた…、ちょっとプライドを傷つけたかなと思ったが何も起こらなかった。

今度は別の男で、市ヶ谷時代のとき。やはり電話で呼び出され、梶山の家から近い今はないフジテレビ敷地内にある喫茶店で落ち合う。若い人、といっても私よりは年上だ。いろいろ不平を述べるが、このころになると私も馴れてきて、どの程度のレベルの話かとか、金が欲しいだけらしい、ではいくらぐらいかなどと、言い分を聞きながら探りを入れている。ひとしきり話を聞き、梶山に話しておきますからと、お引取りを願う。
また、しばらくすると電話がある。件の喫茶店を指定して、歩いていくと、タクシーの中から、呼び止める声がする、乗れという。その手に乗っては相手の思う壺、いや喫茶店でと、しぶしぶ納得させたころには、もう私のほうに分がある。宇都宮かどこかから出て来て、「子どもの使いじゃねエンだ」とすごむが、こちらも“子どもの使いじゃ”ない。相手が5万といえば3万、3万といえば1万に値切ることにしている。先に、金の話をしたほうが負けである。私は朱肉にコクヨの小さな領収証も用意している。たしか、拇印を押してもらい1万円でケリをつけたのではなかったか。

よく考えてみると、私は梶山や先輩たちから、取材者や電話での応対の仕方を伝授された記憶がない。小心者で、恐がりやだが、こういうときは意外と冷静になる。別に度胸が据わっているわけではなく、相手の話を聞く、相槌を打つ、しかし妥協はしない。何しろ梶山の代理で来ているだけで、全権を委任されているわけではないからだ。
このあたりは、上に会長のいる社長の“気楽さ”に通ずるかもしれない（ビール会社4社のうち、会長のいないある社長の嘆き。後年、「月刊現代」時代の取材で）

先輩といえば、殺人をしたある無期懲役の男が出所し、梶山家に電話をしてきた。私はその先輩について取材にいった。もちろん、自分の話を買ってくれという金目当てである。ちなみに、「私の体験談ほど面白いものはない」と、たいがいの人は思っているが、ほとんど大したことはない!!
新宿の喫茶店で、向かい合う相手は、実は子どもも殺した、ばれていたら死刑だったなんて他人事のように喋る。見ると、隣の30過ぎの先輩は震えてはいないが、蒼い顔をして、ことばもあまり出ない。殺人犯だったが、われわれには「話を聞いて、いくらかでも金をくれ」という立場、怖じける必要はないと思ったものである。もっともこれは、小説にも何もならなかった。彼は20年ぶりかの娑婆の変わりように、たとえば“電気エレベーター”に驚いていた。

逆に、取材されたこともあった。ホモの青年で、やはり金が欲しくて電話をかけてきた。占い師のマリー･オリギンは交通事故で整形したとか、だれだれがホモでとか、ザ･タイガースの沢田研二、ギタリストのアントニオ古賀など芸能人の名を並べ、行儀のいい芸能人は仕込まれている、先生に可愛がられないと世に出してもらえないなどという話に、最初は1万円ぐらいで済ませたか。 2年ぐらい立って、金に困って大阪から戻ってきたと、また電話をかけてきた。新宿の喫茶店などで、その後の自慢話などに数時間付き合っても、私が煮え切らない態度でいると、別れ際に、ポツリと「橋本さんは仲間じゃないですね」というではないか。がっくりきましたね。

先のような、スジもンらしい人からの苦情は、のち雑協時代でもあった。やはり電話だが、後輩はすごまれて、私にバトンタッチした。相槌を打ちながら、じっくりと相手の言い分を聞く、事の成り行きを話してもらう。なぜ、今回電話をしてきたかの経緯を整理するうちに、相手の論理に矛盾が生ずる、その一瞬を捉えて反論する。私は下手に出ているが、相手に弱みを見せてはならず、「（非は）どっちもどっちじゃないか」という状況に持ち込む、それでたいがいケリがつく。周りにいた若い同僚が「橋本サン、あんなこと言っていいんですか」と、明日にでも怒鳴り込まれたらどうしようなんて顔をしているが、「大丈夫だ」と私はいい、その後何もなかった。

こういう対処法を身につけたのは20歳のころ、東海道線の満員に近い夜行列車で、豊橋にいるガールフレンドに会いに行く途中、私はまったく座れず疲れていた。そして、静岡あたりで乗ってきた男に「俺はフーテンだ」と絡まれそうになったとき、腕組みをして黙って相手の顔を見るしかなかったのだが、しばらくすると「お前、いい度胸じゃないか！」といわれただけだった…… （HP「プロフィール」欄外「唯一、ヤクザさんに絡まれたこと」参照）。
そのあとも新宿の友人の店(コンパ)で、それこそ若いチンピラと一触即発となりかけたとき、相手の顔を見ていて何も起こらず、あとは普通にしゃべることが出来た。要するに、逃げてはいけない、悪いことをしていないのに無闇にペコペコしない、相手はたいがい劣等感を持っており、何かをきっかけに突っかかろうとするものが多い、彼らに対して、見くびらず対等に接することが大事(人間は平等)。もう一つ、彼らは“堅気には手を出さない”という仁義があったようで、安心感をもてる時代だったこともある。
このような私の、密かな自慢は犬に吠えられない、赤ちゃんに泣かれない、というものだった。

梶山家に通い始めたころ、いつも胸に“辞表”を抱いている気持ちで通っていた。緊張と不慣れに、ストレスはたまる一方である。先に触れたように、ときどき出入りする先輩は何も教えてくれないだけでなく、何かと邪険にする……。
のちに、若い人も増えて事務所になったが、当初は個人の家であり、有名人ともなれば他人は好奇の目で見勝ちである。あるいは、何か頼み事をされることもありうる……。
しかし、行きつけのすし屋のおやじ、飲屋のお上は、私の素性を誰にも喋らなかった（これは、ありがたかった）。口が堅いということで信用されていたが、公私の区別をつけるということが大事である。
梶山季之は真面目人間、スーパーマン?!　静かな人、いつ仕事をしているかという感じ、ダジャレがすき、面倒見がよい、思いやり、気くばり、情に厚い、といったところである。

さて現実に戻って、昭和50年（1975年）、米軍が負け、ベトナム戦争が終結して間もなく、 5月11日、梶山季之は取材先の香港で食道静脈瘤破裂、肝硬変により急死、45歳の生涯を閉じてしまった。このいきさつについては、HP上に「ドキュメント梶山季之の死」という、当時私の書いたものが載っております。
今年、存命ならばまだ75歳、マスコミでの活動は17年余だが、もうその倍近くの時間が経ってしまい、忘れかけている。しかし、関係者の一人として、このまま埋もれさせてはいけない。何かしなければと思い、2年前から準備し、04年5月より「電子版梶山季之資料館」を立ち上げ、本年5月11日、没後30年として正式なものとして“開館”たのです。
HP「資料館」の「ごあいさつ」に記しておきましたが、不思議なもので、昨年から今年にかけ、国内の出版社をはじめアメリカの大学からも梶山の著作物の再刊が行われるようです。
私が勝手に言い出した“没後30年”という節目の年に、少しでも関心を持っていただければという思いでいっぱいです。
今、HPで掲出しております「没後30年　その後の30年」のさまざまな記録（主として活字によるもの）は、多くの方や出版社などがさまざまな形で梶山を復活させてくださっております。
作品云々もさることながら、その人柄により、多くの方に偲ばれる人だった、そういう人のそばに24歳から33歳までの8年間半ほどいたことは、友人がいうように、いい青春時代を送ることができ、私は幸せ者であります。

しかし短時間で、とても梶山季之について語り尽くせるものではありません。いろいろな接し方がありますが、「没後30年　その後の30年」だけでなく、拙著『梶山季之』（日本経済評論社1997･07）などをお読みいただければ幸いです。
ここで、一つだけ、ご存知の方は意外だ?! と思われることを披露しておきます。それは梶山が山口瞳さんのことを、心の友(心友)といっておりましたが、その山口さんは梶山の死後、どういう表現をしていたか、ということです。
この本の出た97年の9月5日号の週刊読書人「一人娘への遺書が顕わす真面目／僕らは本当に惜しい男を亡くした」小石原昭（企画集団知性コミュニケーションズ代表） //「…梶山君の死後、『男性自身』で（山口）瞳ちゃんが、『梶山家の電話の受け方にはＡＢＣのランクがあった』と書いたのに対し、助手だった著者は『断じてそのようなことはなかった』と否定している。更に著者は別のページで、『男性自身』での瞳ちゃんの梶山論を『死んだら負け、ですね』と書いている。両君を知る僕は、巧まずして著者の山口瞳評になっていると思った。（以下略）」
≪この2件は拙著の「ＡＢＣ」（P41～43）および「駄洒落」（P152～154）をご覧ください≫

3、青少年問題について―みんな、かつて少年だったのに

先ほど、雑協時代と言いましたが、世間では脱サラする年齢だった40歳のとき(1982年)、縁あって雑誌を出している出版社の団体である日本雑誌協会に勤め出し、約9年半前の95年12月末、13年3か月で退職しました。会員は当時67社だったのが、今100社近くなっているようです。
大手の出版社が多く、出している雑誌の数というよりシェアは90％を超えているのではないでしょうか。事務局は当初5人で、私は後で知ったのですが事務局長候補として入ったようです。出版事情に明るい人ならお分かりかと思いますが、推薦が小学館、保証が講談社、承認が文藝春秋という極めつけの就職でもありました。それを、途中で辞めるのですから、少しは悩みましたが、当時は、頭がおかしくなるか、身体が壊れるかという状況でもありました。

私の辞めるころも今も10人前後、その当時は事務局長がトップでしたが、いまは専務理事がおり、私の後輩が事務局長と兼務しております。
辞めた理由は、他人に迷惑をかけてはいけないので、「気力がなくなったから」ということにしました。組織は理事会の下に編集･取材･倫理･著作権･販売･広告各委員会など大小20近くあり、私は大きなものでは最後まで編集委員会と広告委員会を受け持ち、その他（レジメにあるように）併設の出版倫理協議会／雑誌公正取引協議会(雑誌と景品に関するもの) ／共通雑誌コード管理センター(いわゆるバーコード)の各事務局も担当しておりました。このうち、「出版倫理協議会」が、これからお話する青少年と出版物という倫理問題にかかわるテーマです。

ちなみに、この3つの事務局として、出版倫理協議会関係では少女誌問題、ポルノコミック問題などで総務庁青少年対策本部や東京都などの折衝に追われ、退職後は『有害図書と青少年問題―大人のオモチャだった“青少年”―』（明石書店2002･11）ほか論文や講演などを行っております。
ついで、雑誌公正取引協議会関係では、在職中に会員社を中心に十数回近く社内講習などの講師を引き受けたほか、雑誌と景品に関する手引書「雑誌懸賞･景品基準」97年版を作成した。
共通雑誌コード管理センター関係では、日本で取組みはじめて25年目に、その旗振り役だった同センターの常務理事が急死し、急きょ『バーコードへの挑戦―浅野恭右とその時代―』（日本経済評論社1998･10）を著すなど、自ら勉強するだけでなく、少しは会員社や業界に役立つ仕事をしていたともいえます。ちなみに、この仕事に関し私は辞めてすぐ、個人の部で“流通システム化”貢献者表彰を受けました。

ついでに言えば、私が日本雑誌協会を辞めて1年半後、60をだいぶ過ぎた事務局長の退職パーティに出席しました。その後半になると、理事長が近づいて来て、私に合図し、いちど昼飯でも食おうというのです。お会いすると、「(雑協に)復帰する気はないかね」と思いもよらぬ話です。うれしかったですねえ。
しかし、元気に振舞っておりましたが、辞めた理由が「気力がなくなった」ですから、答えに窮しました。仕方なく「現場の人が希望するなら」と答えておきましたが、これは無しの礫でした。
というのも、後輩たちはぬるま湯で育っており、私が煙たいからです。在職中にも、ある社の副社長（委員長）から「橋本さんが責任者になったら、コワイだろうなあ」と言われてもいました。
実はその前に、辞めることが他の団体に伝わると、うちに来てくれと呼び出されました。その専務理事に「君はクールだと評判だよ」などとおだてられましたが、私の年俸を聞いて断念したということです(世間的には大した金額ではないのですが、貧乏な業界ですので）。

また前置きが長くていけませんね。テーマは青少年と出版物でした。 “有害図書”という言葉は皆さん、ご存知だと思いますが、どのような認識をお持ちでしょうか。多分、これは良くないといわれるものが“有害図書”だと思われていませんか。一般的には、それが“正解”ですが、実際は違います。
すなわち“有害図書”とは、そう思いたい人たち（政治家や行政、警察関係、青少年を保護・干渉したがる育成者や一部の学者）の頭の中にしかない概念なのです。
具体的には刑法175条には抵触せず、大人にはよいが18歳未満の少年たちの目にふれれば“その内容は刺激が強すぎ、場合によっては有害となるおそれがある”というあいまいな存在のものをさします。
つまり、頒布する目的で所持し、あるいは店頭にあるだけで「わいせつ」とされるものとちがい、青少年条例でいう“有害図書”は青少年の手に渡した(売った)ものが過激な表現物だった場合に、渡した側が罰せられるものであって、書店やコンビニに置いてあるだけでは“有害”とはならないものなのです。
残念なことに、出版関係者でさえ、こういう誤った認識を持っているから困ったものです。
たとえ一般の人が目をそむけるような内容のものであっても、作ってはいけない、売ってはいけないという制約はなく、「表現の自由」という点では他の出版物とのちがいはありません。しかし、自分たちの組織に属さないアウトサイダーを排除したいという意識もつ人たちは、これらの“事件”を静観していることが多いというところに、難しさがあります。
いわゆる、くさいものにはフタをという気分、これが多くの大人の“訳知り”であり、本日は政治家の方もおられるでしょうが、いちばん大事なのは選挙で選ばれること、つまり“票”ですね。
しかし、現在20歳未満の青少年は選挙権がありません。そこで、端的に申し上げます、「政治家は票にならないものは蔑ろにしがちです。そのひとつが“青少年”生身の人間です。反対に、関心を持つのは“青少年問題”」です。これは一般論ですので誤解しないで下さい。
もうひとつ、「子どもの権利条約」を理解、あるいは尊重したくないのが、一部の大人たちです。なぜか、自分たちのオモチャ(青少年問題)がなくなるからです。だれでも「かつて子ども」でしたが、自分たちはその頃どうやって過ごしてきたか、もう忘れているのです。忘れていなければ、恥ずかしくて子供たちにエラソウナことをいえるものではありません。
大概の子どもたちは、そこそこの大人に育つものです、みなさんのように。大人は彼らに干渉するのではなく、見守ってやるだけで十分なのです。彼らの自主性を尊重すべきなのです。
大人たちは、好々爺になるのではなく、ボランティア活動ばかりか、上手に楽しい恋愛でもしていればよいのです。子どもたちは、それらを反面教師として学びますから、あまり心配することではありません。
ただ、子どもに必要以上のオモチャを与えないことです。個室はもちろん、専用のテレビ、携帯電話、パソコンなどですね、もっと本を読み、知識を得る、とくに学生時代しか勉強するという特権(自由時間)はありません。大人と同じことをさせないことが大人の唯一、彼らに対して指示できることです。「まだ早い！」、「我慢しろ！」と。
いま“大人になりたくない”という子どもたちが増えているのは、先に述べたように、何でも与えられては、大人になる楽しみも希望もないからではないでしょうか。

4、戦後60年―『戰線文庫』の復刻に携わって

『戰線文庫』について
本件に関する新聞記事などを参考にしていただければと思いますが、2002年10月、こういう雑誌があると初めて知ってから、私なりに研究をはじめ、その後この復刻の作業に携わって、思ったこと、感じたことなどを申上げます。なお、昨年の秋ごろから今年3月にかけて、出版年表「発禁･わいせつ･知る権利と規制の変遷」というものを並行して作っており、歴史の勉強をしておりました。（以下、省略）
取材：杉浦幸雄氏（漫画家、昨年没･92歳）、佐野洋氏（作家、当時の読者の一人）ほか

先ほどの、青少年問題に関連しますが、『戰線文庫』には、こんなことも載っています。
かつては「国の宝」と言われ、生めよ増やせよと多産が奨励され、挙句に学童疎開までさせられた子どもたち、それは兵隊の確保が目的だったそうですが、さらに“軍神候補”（死んで靖国神社に祀られる…）にしようという動きも一部にはあったようです（『戰線文庫』昭和17年7月号「戦捷の夏･銃後だより」〈未来の軍神養成〉群馬県高崎市の北国民学校の石橋先生、他の先生方と特に実地の海洋講習を得て帰り、海のない山国の県下児童に海国魂を根強く吹き込んで「第二の岩佐中佐を、未来の軍神を」養成する目的から、海に憧れの全生徒を集めて毎日体操時間に九軍神の講話から手旗信号や棒術訓練を行っていますが、生徒一同もまた元気一杯に「我こそ未来の軍神」と猛訓練を行っています）。

最後に、「名入れ色紙」について2005･5･27
《個人名が入っているばかりか個人攻撃しているような･･･。しかし、3行目以降、どの「稲門会」でも使えそうだ。特許庁に、「商標登録」しておこう!!》
「白井稲門会さま」
白く輝く／井門氏のあたま?! ／稲穂のように深く垂れ／門戸を開く／会うたび楽し

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講演「ノンフィクションと私」について(草案) 白井稲門会･総会 2005･7･23〈土〉

講演「ノンフィクションと私」について（草案）2005･6･1

1、ワセダに学んで―学問よりも…

2、わが師 梶山季之―その実像と虚像

3、青少年問題について―みんな、かつて少年だったのに

4、戦後60年―『戰線文庫』の復刻に携わって

講演「ノンフィクションと私」について(草案)　白井稲門会･総会　2005･7･23〈土〉

2、わが師梶山季之―その実像と虚像